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忘れもの

私はしょっちゅう忘れものをする。
昨日、お客さんの所に原稿を受け取りに行ったはずが、雑談してるうちに肝心な原稿を忘れて帰ってしまった。家に戻ってからお客さんから電話かかってきたのだけど、もう怒るというよりあきれて笑ってくれた。

私は子供の頃から忘れものが絶えなかった。通信簿の先生からのメッセージ欄は、いつも決まって「忘れものに注意すること」。教室の中で私は「忘れものの王様」と呼ばれていた。私が給食の集金袋とかを、たまに忘れずに持ってきたりすると、クラス中がどよめいたりしたものだった。
ずっとその性分は変わっていない。電車の網棚には書類を忘れる。食事するお店では手帳を忘れる。公衆電話を使えば、財布を忘れる。居酒屋で飲んでいれば眼鏡を忘れる。時計を忘れる。旅先では鞄を忘れる。上着を忘れる。帽子を忘れる。ちょっと病的なくらいに、あちこちにいろんなものを忘れてしまう。そのくせに、お客さんの電話番号をたくさんそらんじていたり、暗記ものは得意だったりもするのだけど。

昨日はお客さんが「横山さんって大物ですね」って笑ってくれたけど、この先いつもっと取り返しのつかない失敗もしでかすやらわからない。でもこれは私の持って生まれた性分なんだから、もうどうしようもない。私の周りの人たちには、「しょうがない」と思って、寛容につきあってもらえたらとお願いするばかりだ。
私が何かとても大事なことを忘れているとしても、そういうわけで、悪気はないのですよ。本当に。

仕事の合間のひとりごと

毎日毎日、仕事ばかりしている。
どうしてこんなに仕事ばかりしているのか
自分でもときどきわからなくなってくる。

仕事は嫌いではない。今の仕事を、私はむしろ楽しんでいる。
忙しい時には寝食を忘れて没頭する。
「飲み食いするために、仕事してるわけじゃない。
 いい仕事をするために、飲み食いもするのだ。」
---と、自分を言い聞かせたりしながら。

でも「いい仕事」ってなんだろう?
自分が良かれと思ってしたことが、
別の誰かにとっては、悪い局面を招いてるのかもしれない。
本当は仕事に良いも悪いもないわけで、
結局は、自分のひとりよがりな
楽しみに過ぎないのかもしれない。

自分なりの趣味やライフスタイルを、めいっぱい楽しむのも、
社会の中で一定の役割を担って、その仕事に没頭するのも、
どっちが正しいことでも、偉いことでもないと思う。
人それぞれに方法や手段が違うだけで、
求めているものは同じなんじゃないだろうか。

自分の居場所を築いていくこと。
自分で自分を確かめていくこと。
---その手続きなんだと思う。

そういう面倒な作業を続けていかなければ、
私たちは毎日不安でしょうがないのだ。
そういう不安を抱えていない人なんていないと思う。
それが感じられないとしたら、
その人が何かに夢中になって自分を忘れている時か、
その人の魂が怠けている時か、
そのどちらかなんじゃないだろうか。

そんな不安を乗り越えていける確かな方法、その先のゴールは、
きっとどこにもない。
今自分の目の前にあるボールをできるだけ遠くまで投げてみて、
そこまで歩いていってボールを拾い、またその先へ投げてみる。
その繰り返しを続けていくしかないのだろう。

時折誰かが、そのボールを投げ返してくれることを期待して。

幸せのお手伝い

なんだかわからないのだけど、ウエディング絡みの仕事が続く。今は3件もその手の仕事を抱えている。そのひとつは、ブライダルリングのリーフレット。文章も私が整えないといけないのだけど、私にはエンゲージリングとマリッジリングの違いすらよく知らなかった。ネットでその手のお店を検索して、広告文を読んでるうちにやっとなんとなく区別がわかってきた。でもエンゲージリングって結婚した後はどこに行ってしまうの?どうもよくわからない。

「ふたりの誓いを永遠に輝かせる」とか「ふたりの真実の愛には、たったひとつの」とか、そんな文章を部屋にこもって一人で考えてると、なんだか体中がむずむずする。きれいなものを作るのは楽しい作業だけど、どうもこの手の言葉を扱うのは苦手だな。こういう仕事が続いて、こういう方面で実績をつくったりしたら、この手の仕事ばかりが続いてしまうんじゃなかろうか・・・・などと余計な心配をしてしまう。

こうやって人の幸せを演出するための仕事をしてるんだから、私も人の幸せにあやかれないものだろうか。あやかれたらいいなぁ。なんて、ふと思ったりする日曜日の午後。

私は何屋さん?

ひさしぶりに母から電話があった。「最近調子はどうなの?」といつもの他愛もない話をした後で、ふと母が、「ところであんたの仕事って何屋さんなの?人に聞かれた時に何て答えたらいいのかわからないんだけど」と言われてしまった。---そんなことあらたまって聞かれても困る。自分がいったい何屋さんなのか、私だって時々わからなくなっているんだから。

何の仕事をしているんですか?と人に聞かれたら、面倒なのでとりあえず「ただの印刷屋です」と答えることにしている。それ以上を言葉で説明して仕方ないから、とにかく一緒に仕事をさせてもらう中で、自分の持ち味をわかってもらうようにしている。あくまで印刷屋としての裁量に徹するのか、デザイン・制作の仕事にまで踏み込むのか、その仕事の内容次第だ。お客さんのタイプによって、自分の得意分野を使い分けたりもする。なんでもやるから人から便利がられる時もあれば、いったいお前の専門はなんなんだ?と不審がられる時だってある。専門を打ち出さずに仕事をしていくのは、なにかと面倒だし大変だ。でもこうして仕事を続けていられるんだから、自分のやり方も案外悪いものではなかったと、近頃は思えるようになってきた。

気負うつもりはないけれど、私は新しい分野の仕事をしているんだと思う。仕事のひとつひとつの内容は、特別なことじゃないし、何も新しいことはしていない。ただ印刷屋とのしての仕事の範囲の捕らえ方、その踏み込み方が、従来の常識的な判断とは少しだけ違うんだと思う。これからの時代、デザインと印刷の領域に明確な線を引くことなんてあまり意味を持たなくなるだろうし、なんでも一人でこなせる技能がますます大事になってくる。自分の専門を特定しないことが、逆に自分の価値を高たりもする時代が来るのだと---そんな根拠のない見当をつけてこの仕事を始めたけれど、この先いったいどうなることやら。
とにかくも、スタジオジャム・サンドの立ち上げから一年が過ぎた。このままがんばれる限り、走り続けていきたい。

とある吉祥寺の飲み屋さん

4月1日の日曜日。吉祥寺で友人たち大勢と花見を楽しんだ。皆と別れた後、せっかく吉祥寺に来たんだからと思って、昔住んでいたアパートの近所にあった、馴染みの飲み屋さんに顔を出してみた。そのお店に行くのは、もう7年ぶりくらい。カウンターだけの小さなお店で、とても気概のいいママさん(おばあさん)がひとりでやっている。本当にひさしぶりだったのだけど、ママさんも常連のお客さんも私のことを覚えていてくれて、お店に入った途端皆が大きな声を上げて喜んでくれた。

そのお店によく通ったのは、私がまだ学生だった頃のこと。大学の先生に連れられて行ったのが最初で、その後は一人でときどきぶらっと寄ったりしていた。私が顔を出すと、お店の人達はいつも喜んでくれた。オジサン達の隠れ家のような赤提灯のお店に、学生が一人でやってくるのが珍しかったんだと思う。常連の客達は、ちょっと変わった経歴の人が多くって、お酒を交わしながらいろんな話題で議論するのが楽しかった。ちょっと調子に乗り過ぎて、生意気なことを言って怒られたりしたこともあったけど。
ある時、お店の人達に私の絵を見てもらう機会があって、そしたら皆がとてもいい絵だと誉めてくれた。それからは皆がいつも私に「絵は描いてるか?」と声をかけてくれるようになった。しばらくの間、壁に絵はがきを飾ってくれてたこともあって、いろんな興味深い批評をしてくれたり、感動したと涙ぐんでくれた人もいた。あのお店の人達が、いつも私をあたたかく迎えてくれて励ましてくれたのが、今でも忘れられない想い出になっている。

あれからずいぶん時が過ぎた。私は今日で35歳になった。いろんなことが、あの頃とは変わってしまった。自分の内側も外側も、自分の周りの世界も。でもけっして変わっていないことだってたくさんある。あのお店は、あの人達は、あの頃のまま何も変わっていなかった。あの時とまったく同じ調子で、「絵は描いてるか?」って皆が声をかけてくれた。そのことが、なんだかたまらなくうれしかった。この人達のためにも、私はがんばって絵を描き続けていこうって思った。大事なことを確認できた気がする。

サビのない人

最近、村上春樹のエッセイ集『村上ラヂオ』を読んでいる。とても小気味いい文章で、書かれた内容にも共感することが多い。「うんうん、そうそう」と、心でうなずきながら、ついほくそ笑んでしまったりする。電車の中とかで私がこの本を読んでる時、きっとニヤニヤしてしまったりしてるから、端で見てる人はおかしいだろうな。

ある話の中に「サビのない人」という表現が出てくる。言ってることのひとつひとつは一見まともなんだけど、全体的な世界の展開に深みがないというか、サーキットに入っちゃってて出口が見えないというか…。そういう人と会って話をするとぐったり疲れるし、その疲労感は意外に尾を引く---とのこと。本当にその通りだと思う。

逆に、「サビばかり」の話をする人もいる。「それはああいうもんだ。つまりこういうことだ」と、紋切り口調を延々と聞かされると、だんだんうんざりした気分になってくる。その結論に至るまでの、その人なりの考える根拠や道筋って、いったい何なの?と途中でつっこみたくなる。

どっちのタイプの人とも、できれば同席ご容赦願いたいものだ。

ある晴れた日に

海を見てきた。

波は低く静かで、海面のあちこちで光がキラキラと輝いていた。空は真っ青に澄み渡り、遠くの山々の雪化粧を鮮やかに写し出していた。鳥たちが気持ち良さそうに風に乗って流れていった。人陰まばらな砂浜を歩きながら、なんとも言えない心持ちになった。

漁港の脇にある小さな小屋の片隅に、野良猫達がたくさん住みついていて、その猫達に友人が餌をやりに行くと言うので、私もついて行った。猫達はなかなかの大所帯で、子猫もたくさん、10匹、20匹と、あちことからどこからともなく集まってきた。紛れもなく野良猫なのだけど、どうやらこの辺の猫達は食べ物が豊富らしく、皆丸々と太っていて優しい顔をしていた。「お前たち野良猫なんだから、もうちょっと厳しさ感じてなきゃダメじゃないか」、なんて、声に出さない声で話し掛けてみたり。

ただ海を見ているだけで、とても穏やかな気持ちになれる。ささいなことに気分を浮き沈みしている自分が、なんだか馬鹿みたいに思えてくる。もっとおおらかな気持ちをもたなければなぁ。

ふとそんなことを感じながら過ごした、平日の朝。
さて仕事に戻らなければ。

2001年、大晦日

この一年も今日でおしまい。今年は自分にとっての転機となる大事な年になった。会社から離れ、一人で仕事をしていくスタートラインに立った。会社とは結局ケンカ別れになってしまったけれど、それだからこそ余計にがんばっていく覚悟がついた。いろんなことがあったけれど、過ぎてしまえばどれも大切な思い出のひとつかみ。やっといろんなことを整理して考えられるようになってきた。今となっては私が反省することもたくさんある。
あの時を思い起こすと、私の頭も心も平常ではなかった気がする。いつも気持ちに余裕がなく、いつも苛立っていた。私はとにかくあの場にいる時の自分が嫌いだった。自分で言い訳を考えて、自分で身動きできない状況を作っている、そんな自分が嫌いだった…。自分の求めるものがもうそこにはないことは、ずっと前からわかっていた。どこかで道を選ばないといけなかった。

何の見通しもなく一人で仕事を始めたのだけど、どうにか仕事を続けていく環境が整いつつある。少しづつだけど仕事が広がってきたし、方向も見えてきた。以前お世話になった業者さん達が私の仕事をサポートしてくれたことが大きかった。わざわざ私の今の所在を問い合わせて、連絡をくれたお客さんもいた。私の周りのたくさんの人達が、いろんな形で応援してくださるのが本当にうれしい。今の私にとっては、仕事の苦労や喜びを分かち合える人達の存在が、何より大事なものだと感じられる。

少し前まで、自分の可能性は限られたものでしかないと思っていた。でも今は自分次第でいくらでも道を切り拓いていけると思えるし、たくさんの選択肢が広がっていると感じられる。それはとても幸せなことだと思う。もちろん大変なことはたくさんあるし、これから先の不安は今まで以上に重く自分にのしかかる。でも私はいい選択をしたんだと思う。将来ずっと後になってからも、この時の自分の決心が本当に良かったと振り返れるよう、これからの仕事に全力で取り組んでいきたいと思う。

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