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悠々として急げ

先日の土曜、横浜・氷川丸ブルーライトホール「船の上はセンジョウだった。マーシュ・マロウ VS 谷川俊太郎、谷川賢作」っていうライブに行ってきた。横浜中華街→山下公園→氷川丸という、なんだかバブル時代のデートコースのような順路で、ちょっと気恥ずかしかったのだけど。船の中のホールということで、ゆったりした気分でライブを楽しめるのかと思ってたら、会場に着いたらすでに鮨詰め状態。暫し愕然としてしまう。というか、2時間半立ったままは辛すぎる。でも谷川俊太郎の詩と朗読が、やっぱりすばらしかった。一瞬にして周りの空気を変えてしまう、そういうエネルギーを持ってる人だなって思った。

3月ももうあと少しでおしまい。会社や学校では新しい期を迎える。私も4月からは、いろいろ新しい仕事が動き始めて、また忙しい日々に突入しそうだ。少しのんびりしたペースが続いたあとで、また忙しい日々に突入するのは、とても気が重い…。でもそんな甘いこと言ってもいられないので、また気持ちを切り替えて新しい仕事に向き合っていくしかない。もっとがんばって、もっとちゃんと稼いで、自分の目標に近づいていけるようにならなければ。周りの人から助けられてばかりの自分だけれど、今度は私の方が人の役に立つ仕事をしていきたい。自分の大事なものを守っていけるようになりたい。もっとしっかり。もっと急いで。。。

あせっても仕方ないけれど、今やるべきことにもっとしっかり取り組んでいかなければ、という気持ちでいる。開高健氏が、何かの本に「悠々として急げ」という言葉を書いていたそうだ。釣りの極意として本人は語ったのだそうだけど、いろんな場面で役に立つ言葉だなぁと思う。悠々として急げ---今はそんな気分だろうか。あした、私は37歳になる

飛びこむ勇気

花を見て、美しいから好きと思うのと、花を育てるのが好きということとは、必ずしも重ならない。子犬を見て可愛いと思うのと、実際にその子犬と暮らすことの大変さを実感するのには距離がある。人一倍食べることが好きで美味しいものが大好きという人が、料理人や料理研究家になれるわけじゃない。絵が描くのが好きだからといって、絵を描くことを職業にしたら思いもよらぬ違和感を抱くようになる。

何のことであれ、自分の好きなことと、そこに自分の人生を重ねる行為は別なことで、その見極めはつくづく難しいと思う。単に好きだからとその対象に近づき過ぎると、かえって熱意を失ってしまったり、苦しい思いをしたり、知りたくないことを知って幻滅してしまったり…。そしていつのまにか、自分が大事に思っていた対象を見失ってしまうことだってあるかもしれない。そういうこと全部を乗り越えて、更にその対象に近づいていけるのか、それともどこかで線引きをしてしまうのか・・・・?

「昔みたいに、とにかくアニメーションが本当に好きでまず最初の就職としてね、これで実際食っていけるかどうかわからなくてもやってしまえと、崖から飛びこんでもこの世界に入ってくるという強烈な意志みたいなものが、今の新しい人たちには見えないですよね。その辺がなんかさびしいですね」
----坂口 尚(1980年『ぱふ』手塚治虫との座談会から)

これは、私が心から尊敬する漫画家・坂口 尚さんの言葉。その座談会の記録が掲載された雑誌を、私が手に取ったのは高校生の頃。それ以来ずっと、心の奥にこの言葉が残って、その後の自分の人生の選択に大きな影響を与えた。何かしら判断が難しく思えた時も、坂口さんのその言葉が自分を後押ししてくれた。単純すぎると笑われるかもしれないけれど、私にとってはそれぐらいに重みのある言葉、自分を勇気づけてくれる言葉だった。

好きなことには後先考えずに飛び込んでで行ける勇気を持ち続けたい。たとえ何を失うことになったとしても。・・・・なぁんて、格好つけてみたって、実際はいさぎよく「崖から飛び込む」ことができなくて、いつも足元ばかり気にしながら道を探っている自分がいる・・・のだけど。

服をつくる

お客さんが、セミオーダーメイドのスーツを販売する事業を新規に始めるにあたり、その業者さん達との打ち合わせの場に私も参加させていただいた。私はその販売用のパンフレットを制作することになっている。5月から受注・販売をスタートさせる予定で、現在は最終的な詰めの段階。これまで、デザインや材料の選定、生産ラインの確保など、その準備に2年もの歳月を経たらしい。

私は服飾の分野には門外漢なので、そのやりとりを端から聞いているだけ。ただ聞いているだけでも、ひとつの服をつくっていくことの大変さを、あらためて知ることができた。印刷の業界と同じで、服をつくる現場はあちこちに分かれているそうで、最終的なものに仕上るまで、たくさんの人が関わる。工場の規模や設備よりも、現場の人達の経験の蓄積や、現場同士をつなぐ了解を築いていくことが、仕上りの質を決めていくようである。多分にアナログの要素が強い。やはり大事なのは「人」の判断ということなのだろう。そういう意味でも、印刷業界とアパレル業界の共通点も伺えて、非常に興味深かった。

服をつくる、カバンをつくる、料理をつくる、本をつくる、映画をつくる、家をつくる・・・・それぞれの世界で、ものをつくることにこだわっている人達がいる。仕事を通じて、そういう世界の一端を垣間見れるのは、本当にワクワクする瞬間だ。ものをつくる現場は、やっぱり楽しい。ただモノを売るのではなくて、その人なりのこだわりを持ってものをつくっている世界に、自分もずっと関わっていけたらなって思う。

DVについて考える

昨年の暮れに、WNSというDV(ドメスティック・バイオレンス)被害者支援のNPOの方から印刷物の相談を受けて、仕事として(半分ボランティア)お手伝いさせていただくことになった。先日(2004年3月4日)はそのWNS主催のシンポジウムがあって、私もお手伝いとして参加して来た。

正直な話、私はDVについて特別関心を持っていたわけではないし、TV等で聞きかじる程度の知識しかなかった。しかし今回のシンポジウムに参加して、たくさんの刺激を受け、私自身いろんなことを考えさせられる機会になった。パネリストのスピーチは非常に内容が濃いもので、被害者カウンセリングの立場からの現状分析や、精神分析の見地からのかなり踏み込んだ話を聞くことができた。全国の自治体の関係機関からの参加者も多く、当日はNHKのカメラも入っていて、この問題が今日、非常に重要なテーマになってきていることを肌で感じることができた。

「DVの問題は、人間の根源に関わる問題なので、犠牲者も加害者もその対人関係ではあからさまな怒りや悲しみといった感情を、ゆがんだ形で表現することが多いのです」(野間メンタルヘルスクリニック院長・野間和子)。自分が生まれ育った家庭内で何らかのメンタルな傷を負ってしまった人や、現在自分が所属している環境の中で過度なストレスが蓄積されていった人達が、自分の内側にある問題・葛藤を非常に激しい形で露出してしまう場面があるのだそうだ。そしてそれは自分の身近な人に愛憎が裏返った形で影響をおよぼしてしまうケースが多い。その程度によって、私たちはそれを「DV」と呼んだり、単に「ストレス」の問題と言ってみたりはしているが、実際にはその問題の根は同じところにある。つまりDVの問題とは、特殊な人達の閉じられた関係の中で起きているのではなく、私たち自身の日常的な対人関係、コミュニケーションのあり方に及んでいるのだろう……。

日本国内ではやっと「DV」という言葉が認知されたばかりで、現場の状況に言葉の定義が追い付いていない。先頃やっと法的な整備としてDV防止法が施行されたばかりで、狭義に「配偶者ないしは恋人からの暴力」という範囲でしか認知されていない。欧米では、女性だけでなく、子供・高齢者・ペットに対する暴力も、DVの問題として取り組む体制にあるようだ。非常に重要なことは、DVは連鎖していくものであり、世代間にわたる問題であり、その連鎖を断ち切らない限りこの問題は終らないし、これからいっそう深刻になる。DVが起きている家庭で育った子供が、自我の形成過程で心理的な傷を負い、そのことが何かのきっかけで非常にゆがんだ形で表れて、今度は自分がDV加害者となってしまうケースがあるのだそうだ。また、夫からの暴力を受け続けたDV被害者が、自分の子供に対して暴力を振い、DV加害者の側になってしまうケースもあるそうである。今日起きている様々な残酷な事件、幼い子供への信じられないような虐待の話から、逆に子供が親を殺してしまう事件、そして正義を掲げた戦争という最大級の暴力、報復としてのテロ行為、その結果として広範な人々に及ぼす影響、くり返される不幸---みんなこの「DV」の問題とつながっているのだと思う。

「今や暴力は、DNAの問題ではなく、環境から学ぶものだと言われてます。本人の意志に関係なく、暴力が伝達されること、そして、また望むならばその受け取った暴力的なあり方を捨て去ることができるのです。」(同上、野間和子)---人間は生まれ育った環境の中で様々な情報を受け取って、自分の自我というものを形成していく。その情報の中には、生きていく上で「負」の方向に(本人の意志に関わらず)働いてしまうものも含まれる。誰もが様々な性質の情報を蓄積し、自分を形成する材料とし、バランスを取って成長していく。ところがその「負」の情報が、自分を思わぬ行動に暴走させてしまうことがある。他人に対する暴力という現れ方する人もいるし、自分に対する攻撃へと向かい、自傷する場合もある……。でも肝心なことは、その人が持って生まれた資質や育った環境の中で集積された情報だけが自分を決定するのではない、人間誰もが、自分の内側を形成している情報を日々更新し書き換える能力を持っている、ということなのである。

では、どうやって、自分で自分自身を更新していけるか、成長していけるか? 「一緒に考えて、ストロークの交換をできる仲間が大事」と野間和子さんは語っていた。---ストロークというのは《その人を認め、評価を与える(言語的・非言語的、身体的・精神的、肯定的・否定的等全て含む)行為》ということらしい。やはり、日常的な人と人との関わり方が大切。そして、人に何か期待するだけでなく、自分も人に「与える」努力をしていくが大事、ということなのだろう。

今回のシンポジウムでは、私自身、本当にいろいろ考えさせられた。今回のレジュメの中で、とても印象に残った言葉があったので引用しておく。

「あなたがそっとやさしく触れてくれたなら、
 あなたがわたしのほうを向いてほほえみかけてくれたなら、
 あなたがときどき、あなたが話す前にわたしの話を聞いてくれたなら、
 わたしは成長するでしょう。本当に成長するでしょう・・・」
               ブラッドレー(9歳)

本屋の魔力

新宿に打ち合わせに出たついで、ひさびさに紀ノ国屋書店に行った。本を作る相談を何件か受けているので、そのサンプル探しも兼ねてだった。

近頃は欲しいと思う本も思いつかないので、近所の小さな本屋で雑誌を買う程度でほとんど事足りていた。大きな書店に入るのは本当にひさしぶりのこと。詩集のコーナーなど物色してるうちに、ふと思いついて学術書のフロアに向かった。先日「DV(ドメスティック・バイオレンス)について考える」というシンポジウムに参加して、興味深い話をたくさん聞き刺激を受け、人間の内面について書かれた文章を読みたくなったのだ。

さて、目的の階のエレベーターを出たら目の前に、「夜想 復刊!!」の貼り紙に目が留まり、即座に手に取ってしまう。雑誌の版型が大きくなってビジュアル志向の雑誌になっていた。とりあえず買うことにする。その横に「2-:+」という兄弟雑誌があった。身体表現(演劇・ダンス・パフォーマンス・映画、etc)を扱っていて、それも面白そうだから買うことにする。そしてその隣の棚は、私を待っていたかのように「DV特集」のコーナーができていた。パラパラめくってみて、アリス・ミラー著「禁じられた知---精神分析と子どもの真実」という分厚い本がすごく面白そうだったので、それを買うことにした。もう目的は果たしたつもりだったのだけど、なんだか急にフロイトの本を読返したくなって、心理学&精神分析の本のコーナーへ向かってしまうノ。そして気になるタイトルのものを選んで手にとってみたが、やっぱり今の私の頭には難しすぎると思い直し、ずっと前に一度読んだことのある古典的なフロイトの名著「精神分析学入門」の1、2巻を買うことにした。

とそこで、「あれっ、横山さん!?」と声をかけられて振り返ったら、いつもお世話になっているお客さんが立っていてびっくり! ちょっと雑談をしながら、精神分析の本を手にしている言い訳などしてみたり。さて、そろそろレジに向かおうと思った途端、フロイトの書棚の一段下に、ロロ・メイの「失われた自己をもとめて」という本が。ロロ・メイは現代のもっとも著名な臨床心理学者のひとり。というか、ほとんど哲学者。以前この人の本を読んでとても感銘を受けた。あぁ、やっぱり買わずにはいられない…。もうキリがあないので、意を決してレジへと向かう。

ところがレジは人が並んで順番待ち状態。両手いっぱいの本を抱えて待っているのがつらいので、とりあえずレジ横の棚に持っていた本を降ろす。ふと「アリスの不思議なお店」という本に目が留まる。フレデリック・クレマン著のため息が出そうなほど美しい絵本。う〜ん。やっぱり、これも買い! ・・・というわけで、結局今日も本をたくさん買ってしまった。レジのお姉さんがニコニコしながら迎えてくれた。

本屋って不思議だ。何か面白いものないかなぁと、からっぽの気持ちで行くと、何も目に留まらない。ところが何かしら、自分の中で求めているものを抱いていると、不思議と予期せずいろんな面白そうな本に出会えたりする。そして結局目的の本を買い忘れてしまったり。そしてまた本屋に行かずにはいられないのだ。

実はその後、印刷物の見本になるものはまだ何も買ってないことに気づき、本の中身はどうでもいいもの含めてあと4冊、雑誌も3冊買ってしまった。いったいいくら使ってしまったんだろう? おそるべし! 本屋の魔力!!

去るもの追わず

ずっと定期で仕事させてもらっていたお客さんから、制作物一式を来月から別の会社に移管することになったと告げられた。残念ではあるけれど、お客さん側の事情があるのだから仕方がない。昨年はずっと仕事が手一杯な状態が続いて、自分の仕事の質が落ちていると反省しているところだったから、まぁちょうどいいタイミングだったように思える。これでちょっとは余裕を持って仕事できるようになればいいし。今の自分を評価してくれているお客さんを、これからはもっと大事にしていきたい。

新しく出会うお客さんもいれば、去っていくお客さんもいる。ずっとそのくり返しなんだろうな。「来るもの拒まず、去るものは追わない」のが、仕事の上での私の基本的なスタンス。深追いしないのが、たいていの場合、賢明な判断になり得ると思う。仕事でもプライベートでも同じかな。なんて。実際は、そんな簡単に割り切れる場面は少ないのだけれど。時には追いかけることもある・・・かも(笑)

長い髪の女

私のこれまでのスケッチブックには、髪の長い女の人がたくさん描いてある時期と、髪の短かめな女の人ばかり描いてる時期がある。それらを見返してみると、髪の長い女の人を描いてる時期の方が、自分としてはなんとなく良い絵が描けてた気がする。特に理由はないのだけど。

子供の頃からずっと、髪の長い女の人への憧れがある。思い起こすと、自分の思い出の中で今も印象深い人達は、たいていみんな髪が長かったような気がする。

そういえば、昔、グリム童話に題材をとったシリーズを描いてた頃、ラプンツェルの話がどうしてもうまく描けなくて、結局未完成で終ってしまった。その後も何度か描き直そうとしたのだけど、結局仕上げられなかった。思い入れがありすぎて、描けなかったのかな、と今ふと思ったりした。
ラプンツェルの絵・・・いつかもう一度、チャレンジしてみたい。

印刷という仕事

印刷って本当に難しい。何年この仕事に関わっていても、つくづくそう思う。たくさんの異なる現場をまたがずには仕事が成り立たないので、思いもよらぬ時に、思いもよらぬ形でトラブルが起きたりする。万全の手順を踏んでいても、それでもトラブルをさけられない時がある。そういう時は、起きてしまったトラブルを悔やんでも、誰かのせいにしても仕方ないから、とにかくその時点からできることを可能な限り考え詰めて、全力で対処するしかない。言葉にしてしまえば当たり前のことなんだけど、それがなかなか理屈通りに進まないから、印刷という世界は本当にやっかいなのだ。

理想と現実と・・・そのはざまに気持ちが揺れる。自分なりの理想を掲げて今の仕事を始めたのだけれど、時折、挫折しそうな気分になってしまうこともある。仕事が増えれば増える程、困難な場面にぶつかる機会も多くなり、予期せぬトラブルに出くわしたりもする。そんな時は自分の能力の限界を痛感させられて、立ち直るのにも時間がかかる。

「会社」という看板やフィルタを介さずに、一人の個人の立場で印刷という仕事を成立させていくには、本当に苦しい場面が多い。自分を守ってくれるものは何もない。リクエスト通りに仕事を貫徹させて当たり前で、感謝される機会などめったになく、問題が起きた時には相手からの怒りや非難を直接ぶつけられてしまう。相手との関係が気持ちの部分でがもつれてしまうと、もう収拾のしようはなくて、いくら筋道の話、理屈で理解を求めても場が治まらない。結局最後に持ち出されるのは値引き交渉。金銭面での解決になる。だからいつまでたっても貧乏な状況は変らない。。。

なんでこんな実りの少ない仕事に、自分は携わっているんだろう? それでもやっぱり、好きだからなんだろうなぁ。

分かち合う

近頃道を歩いていて、ときどきため息をついてしまう。いい歳のおっさんがため息ついてるのは気持ち悪いからやめようと思うのだけど、ふとまた、ため息ついてしまう。

人と一緒に仕事をしていると、人がどんどん信じられなくなってしまうようで、そんな自分が嫌で前の会社を辞めた。でも一人で仕事始めても、人と関係を持ちながら仕事することに変わりがないのだから、結局状況は何も変わらない。自分の身を守ることばかりを考えてる人が多すぎて、ときどきやりきれなくなってしまう。

少し前のことになるけど、『少女の髪どめ』というイラン映画のチラシに綴ってあった監督の言葉が、とても美しく、印象に残ったので書き留めておく。

---「少女の髪どめ」は過去30年に渡ってイランで生活してきたアフガン難民の一端を示しています。私たちは人種や肌の色に関係なく、みんな人間という存在なのではありませんか?
ですから、もしも世界のどこかで罪のない人々が害を被るようなことがあれば、私たちはその痛みをみんなで分かち合うべきです。
愛にはあらゆる境界線を超える力があります。世界が戦争ではなく、愛によって支配される日を夢見ようではありませんか。
---マジッド・マジディ

お互いに奪い合うのではなく、苦しいこともうれしいことも、お互いに分かち合うこと。自分だけのことに完結しない。そういう考え方がとても大事なんだと思う。皆がそういう地平に立てれば、私たちの世界はもっと豊かになるんだと思う。

習い事

今、とある専門学校の「学校案内」を作っている。時間のない中、自分なりに一生懸命作っているつもりなのだけど、なかなかしっくりした形にまとまらない。ふと気付いたのだけど、私は今まで「学校案内」なるものを、大学受験の時以来、ほとんど手にしたことがない。実際に手にとる人の気持ちがわからないから、具体的なイメージが掴めないのかもしれない。

私は、「先生」という立場の人から何かを教えてもらうのが嫌いで、専門学校とか教室とか、そういう類いに通ったことがほとんどない(唯一通ったのは、小学生の時のソロバン教室くらい)。印刷もデザインもパソコンのことも、一度も学校には行かずに、自力で覚えた。基本的に、人から指示を受けるのが嫌いなのだ。私は、かなり頑固で、わがままで、人の助言を聞かない。昔からずっとそうだった。

人の助言を聞けない自分の性格は、できることならこれから少しでも改めていきたいなって思う。でも、ずっと自己流で通してきたことで良かったこともある。そのひとつが、絵についてのこと。どこかの時点で専門的な教育を受けていたら、私は絵を描き続けていなかったんじゃないかって思う。「絵は、人に教えてもらうものじゃない」っていう、父の言葉が与えた影響が大きかったのだけど。
でもそれは、今になって整理して考えられること。昔、「美大に行く、行かせない」で、父と大喧嘩したんだよなぁ・・・。

理屈にこだわる

人のためを思って一生懸命やったことが、良い結果に結びつかないと本当にがっかりする。自分のしたことが、状況によって無駄になってしまうのは仕方ないことだと思う。でもそのことで誰かに迷惑をかけたり、かえって事態を紛糾させたりすることがあると、とても悲しく思うし、やりきれない気持ちになる。

ひさしぶりにひどく落ち込んだ気分で、今日は一日仕事が手につかなかった。いろいろと考え詰めていくと、結局は自分の問題に行き着く。結局、自分の裁量も考えず、余計なことにいつも首を突っ込んでしまうから、こういう状況に追い込まれてしまうのだ。中途半端にしかできないことは、最初から何もしない方が良かったりもするのだ。今までも何度も痛い目にあって、その度にそう思うのだけど‥‥。また懲りずに、いろんなことに手を出してしまう。本当にダメな人間だなぁと、自分で思う。もう少しやり方を考えなければ。

複数の人が共に仕事をしていくためには、いかにして互いの合意をつくり出していくかが、一番大事な作業だ。会社の中でも、学校の教室の中でも、友人グループの中でも、家族の中でも。合意形成のためには、理屈と筋道に沿った話し込みが必要だ。その手続きを踏まないで、ただその時々の気分や雰囲気で人を束ねていくと、人の集団というものは時折奇妙な暴走を始めることがある。集団形成にそぐわない人達を排除したり、集団内の強者が弱者に対して暴力(「言葉」を含めて、いろんな形で)をふるったり・・・。その不幸な暴走を防ぐためには、やはり合意形成のための話し込みの作業が不可欠なんだと思う。

理屈と筋道を唱え続けるのは、とても大変なことでエネルギーがいる。周囲の動向に合わせてのらりくらりとやっていれば、周りから叩かれたり孤立することもない。でも私は思うのだけど、所謂「事なかれ主義」の無責任な態度が、世界のいろんな深刻な問題の根本に横たわっているんじゃないだろうか。そしてそういう風潮が、近頃の私たちの社会でますます広がっているように思えてならない。問題の根は、私たちの極身近なところにあるんだと思う。理屈にこだわり続ける勇気を持ちたい。

銀座の辛来飯

昨日、原稿を届けに銀座に出た。お昼時、なんだか無性にカレーが食べたくなって、前から気になっていたお店に行ってきた。

銀座の表通り、周りに小奇麗なお店が立ち並ぶ中、その店はちょっと異様な雰囲気と存在感を放っている。古びた看板には「辛来飯と珈琲の店 ニューキャッスル」と書いてある。「辛来飯」というのがカレーライスということらしい。雑誌に紹介されることも多いらしく、お店の前にその掲載記事が貼ってあったりもする。そのカレーライスの写真が、なんとも言えず、美味しそうで、一度食べてみたいと思っていたのだ。
お店の中も外観同様に、昔風な喫茶店そのまま。それをスタイルとしてやっているのではなくって、ただ昔建てたお店がそのまんま古くなっただけという感じ。しかも、ちょっと猫臭い。そういえば表には猫のエサ置きあったっけ。こんな街中で、そのアンバランスな感じおかしくって、そして心地よかった。

さてそのカレーライス。まさに日本のカレーライスであって、いかにも喫茶店で出てきそうなカレーライス。でも一口食べれば、なかなか手が込んでいるのがよくわかる。スパイスもたくさん入ってた。このお店のファンが多いらしいのも納得。おいしかった!

銀座にあって、珈琲210円という安さにも驚いた。。。

私のまちがい主義

The road to wisdam? Well it's plain
and simple to express:
   err
   and err
   and err again
   but less
   and less
   and less

(訳)知恵への道? あっけないほどかんたんに言える
    まちがえて
    またまちがえて
    またしてもまちがえて
    ちょっとりこうに
    またちょっとりこうに
    またちょっとりこうに

(ドナルド・クヌース著『クヌース先生のドキュメント纂法』より)

 この言葉は、私が熱く敬愛する、津野海太郎さんの『本とコンピューター』という本の中の引用からの引用。私はこの言葉がとても好きで、何かうまくいかないことがあったり、考えが行き詰まったりした時には、いつもこの言葉を思い浮かべるようにしている。 津野海太郎さんはこの本の中で「まちがい主義の系譜」という章を設けて、この言葉が示唆することの大事な意味について、かなりの重点を置いて語っている。

その本の、同じ章からの引用・・・

 人間は早とちりをし、かんちがいをし、すぐに飽き、慌てて絶望し、目前の状況にせかされて、へんな理屈をむりやり組み立ててしまう。誤解につぐ誤解、まちがいにつぐまちがい、それが私の毎日である。  と認めた上でいうのだが、だからこそ人間は、あざやかに飛翔したり、矛盾を矛盾のまま保持し続けたり、見えないものを見たり、奥行きのある認識を他人につたえたりすることができるのだろう。「まちがい主義」の観点からすれば、まちがいは人間の無能力のあかしなのではない。むしろ、人間にはまちがう能力がある、といった方が正確なぐらいのものなのだ。いまから十数年前、それまで「まちがってはいけない主義」にとらわれて窮屈な思いをしていた私をいくらか楽にしてくれたのも、鶴見氏が紹介する「まちがい主義」のこの側面だった。

そして私のこれまた大好きな、鶴見俊輔氏の言葉の引用・・・

 絶対的な確かさ、絶対的な精密さ、絶対的な普遍性、これらは、われわれの経験的知識の達し得ないところにある。われわれの知識は、マチガイを何度も重ねながら、マチガイの度合いの少ない方に向かって進む。マチガイこそは、われわれの知識の向上のためにもっとも良い機会である。したがって、われわれが思索に際して仮説を選ぶ場合には、それがマチガイであったなら最もやさしく論破できるような仮説をこそ採用すべきだ。

・・・こういう言葉、ものの考え方ににふれるとほっとする。私はまちがってもいいんだな、ここにいていいんだなって、安心することができる。でも、自分の頭の中のお粗末な回路は、同じ間違いを繰り返して軽率な「エラー音」を鳴らしてばかり。これじゃいつまでたっても「ちょっとりこうに」なれないだろうな。。 少しは前に進まなきゃ。

うねり

人の思いが集まり、高まっていって、ひとつのうねりとなり、状況を変えていくことがある。

つい先日も、たくさんの人たちが連係して成果を上げた、とても劇的な感動的な出来事があった。私は今まで何度かそういう場面に立ち会うことができた。そういうことがある度に、世の中捨てたもんじゃない、人の切実な思いは必ず実を結ぶものだと、そんな風に感じる。
一人では何もできなくても、大勢の人の善意が集まれば、状況を変えていく力になり得る。世の中そんなに甘くないよ、なんて、苦言をささやく人達がいる。そうかもしれない、と思わないわけでもないのだけれど、私自身は必ずしもそんなことばかりじゃないだろうって、思ってみたりする。現実をそのまま受け入れることより、夢を見続けようとする行為の方が、時には難しいことであったりもするのだし。

自分が最初に大事だと感じたこと、ずっと大切にしたいと思うもの、人、夢、世界‥‥それをいつまでもあきらめずに、思い続けることは大事なんだなって、思った。思い続けることが、いちばん大事。

魔法びん

先日、ステンレス製の魔法びんを買った。と、あらためて書き綴ってみると、「魔法」という言葉がなんだかとても大袈裟でおかしい。

魔法びんが製品化されたのは、1904年。ギリシャ語で「熱」を意味する「THRMOS」と名付けられたとのこと。その後世界中に普及していって、日本に輸入されてから「THRMOS=魔法びん」と呼ばれるようになったらしい。「魔法」という言葉を付け足したのは日本だけの事情のようだ。きっと、この商品が世に現れた時、そう呼びたくなるくらいに、皆が感心して驚いたんじゃないだろうか。そんな当時の感動を想像してみるのは、なんだか楽しい。

朝に煎じたお茶を、魔法びんに入れておきさえすれば、夜になってもまだアツアツ。電気も何も使ってないのに! お茶も珈琲も、電気ポットだと煮詰まってしまうのに、魔法びんなら風味があまり落ちない。しかも省エネ。省スペース。魔法びんって、なんて便利なんだろう! と、今さらながらに感激している私はおかしいんだろうか。

ロウソクに火を

急に、無性にドストエフスキーをまた読みたくなって、出先の本屋で、まだ読んでいなかった『白痴』を手にとった。ときどきこういう「心にズシンと響くもの」に接したくなる時がある。
とりあえず電車の中で100ページぐらい読み進めたけど、ドストエフスキーの文学の感触はやっぱり特別なものだと、あらためて感じる。作品世界にはまり込むうちに、ひどく気が滅入って落ち込むのだけど、それが却って心地良かったりもするのだ。心が弱っている時には、余計に心に染み渡る。しばらくはこの本を読む時間を楽しんでいよう。

この本ともう一冊、私の大好きなカール・セーガンの著作が目に止まったので、その本も一緒に買い置いた。
その本の序文に、こんな言葉があった。

「暗闇を呪うよりも、ロウソクに火をつける方がよい」(格言)

偶然手にした本に、こんな素敵な言葉をみつけて、私はいたく感激してしまった。あれこれ気を煩ったりしてるより、とにかく今自分ができることを、ひとつひとつしていくことが大事なんだと思う。何かしらほんの少し、世界を明るくさせるような「ちいさな仕事」を。

忘れもの

私はしょっちゅう忘れものをする。
昨日、お客さんの所に原稿を受け取りに行ったはずが、雑談してるうちに肝心な原稿を忘れて帰ってしまった。家に戻ってからお客さんから電話かかってきたのだけど、もう怒るというよりあきれて笑ってくれた。

私は子供の頃から忘れものが絶えなかった。通信簿の先生からのメッセージ欄は、いつも決まって「忘れものに注意すること」。教室の中で私は「忘れものの王様」と呼ばれていた。私が給食の集金袋とかを、たまに忘れずに持ってきたりすると、クラス中がどよめいたりしたものだった。
ずっとその性分は変わっていない。電車の網棚には書類を忘れる。食事するお店では手帳を忘れる。公衆電話を使えば、財布を忘れる。居酒屋で飲んでいれば眼鏡を忘れる。時計を忘れる。旅先では鞄を忘れる。上着を忘れる。帽子を忘れる。ちょっと病的なくらいに、あちこちにいろんなものを忘れてしまう。そのくせに、お客さんの電話番号をたくさんそらんじていたり、暗記ものは得意だったりもするのだけど。

昨日はお客さんが「横山さんって大物ですね」って笑ってくれたけど、この先いつもっと取り返しのつかない失敗もしでかすやらわからない。でもこれは私の持って生まれた性分なんだから、もうどうしようもない。私の周りの人たちには、「しょうがない」と思って、寛容につきあってもらえたらとお願いするばかりだ。
私が何かとても大事なことを忘れているとしても、そういうわけで、悪気はないのですよ。本当に。

仕事の合間のひとりごと

毎日毎日、仕事ばかりしている。
どうしてこんなに仕事ばかりしているのか
自分でもときどきわからなくなってくる。

仕事は嫌いではない。今の仕事を、私はむしろ楽しんでいる。
忙しい時には寝食を忘れて没頭する。
「飲み食いするために、仕事してるわけじゃない。
 いい仕事をするために、飲み食いもするのだ。」
---と、自分を言い聞かせたりしながら。

でも「いい仕事」ってなんだろう?
自分が良かれと思ってしたことが、
別の誰かにとっては、悪い局面を招いてるのかもしれない。
本当は仕事に良いも悪いもないわけで、
結局は、自分のひとりよがりな
楽しみに過ぎないのかもしれない。

自分なりの趣味やライフスタイルを、めいっぱい楽しむのも、
社会の中で一定の役割を担って、その仕事に没頭するのも、
どっちが正しいことでも、偉いことでもないと思う。
人それぞれに方法や手段が違うだけで、
求めているものは同じなんじゃないだろうか。

自分の居場所を築いていくこと。
自分で自分を確かめていくこと。
---その手続きなんだと思う。

そういう面倒な作業を続けていかなければ、
私たちは毎日不安でしょうがないのだ。
そういう不安を抱えていない人なんていないと思う。
それが感じられないとしたら、
その人が何かに夢中になって自分を忘れている時か、
その人の魂が怠けている時か、
そのどちらかなんじゃないだろうか。

そんな不安を乗り越えていける確かな方法、その先のゴールは、
きっとどこにもない。
今自分の目の前にあるボールをできるだけ遠くまで投げてみて、
そこまで歩いていってボールを拾い、またその先へ投げてみる。
その繰り返しを続けていくしかないのだろう。

時折誰かが、そのボールを投げ返してくれることを期待して。

幸せのお手伝い

なんだかわからないのだけど、ウエディング絡みの仕事が続く。今は3件もその手の仕事を抱えている。そのひとつは、ブライダルリングのリーフレット。文章も私が整えないといけないのだけど、私にはエンゲージリングとマリッジリングの違いすらよく知らなかった。ネットでその手のお店を検索して、広告文を読んでるうちにやっとなんとなく区別がわかってきた。でもエンゲージリングって結婚した後はどこに行ってしまうの?どうもよくわからない。

「ふたりの誓いを永遠に輝かせる」とか「ふたりの真実の愛には、たったひとつの」とか、そんな文章を部屋にこもって一人で考えてると、なんだか体中がむずむずする。きれいなものを作るのは楽しい作業だけど、どうもこの手の言葉を扱うのは苦手だな。こういう仕事が続いて、こういう方面で実績をつくったりしたら、この手の仕事ばかりが続いてしまうんじゃなかろうか・・・・などと余計な心配をしてしまう。

こうやって人の幸せを演出するための仕事をしてるんだから、私も人の幸せにあやかれないものだろうか。あやかれたらいいなぁ。なんて、ふと思ったりする日曜日の午後。

私は何屋さん?

ひさしぶりに母から電話があった。「最近調子はどうなの?」といつもの他愛もない話をした後で、ふと母が、「ところであんたの仕事って何屋さんなの?人に聞かれた時に何て答えたらいいのかわからないんだけど」と言われてしまった。---そんなことあらたまって聞かれても困る。自分がいったい何屋さんなのか、私だって時々わからなくなっているんだから。

何の仕事をしているんですか?と人に聞かれたら、面倒なのでとりあえず「ただの印刷屋です」と答えることにしている。それ以上を言葉で説明して仕方ないから、とにかく一緒に仕事をさせてもらう中で、自分の持ち味をわかってもらうようにしている。あくまで印刷屋としての裁量に徹するのか、デザイン・制作の仕事にまで踏み込むのか、その仕事の内容次第だ。お客さんのタイプによって、自分の得意分野を使い分けたりもする。なんでもやるから人から便利がられる時もあれば、いったいお前の専門はなんなんだ?と不審がられる時だってある。専門を打ち出さずに仕事をしていくのは、なにかと面倒だし大変だ。でもこうして仕事を続けていられるんだから、自分のやり方も案外悪いものではなかったと、近頃は思えるようになってきた。

気負うつもりはないけれど、私は新しい分野の仕事をしているんだと思う。仕事のひとつひとつの内容は、特別なことじゃないし、何も新しいことはしていない。ただ印刷屋とのしての仕事の範囲の捕らえ方、その踏み込み方が、従来の常識的な判断とは少しだけ違うんだと思う。これからの時代、デザインと印刷の領域に明確な線を引くことなんてあまり意味を持たなくなるだろうし、なんでも一人でこなせる技能がますます大事になってくる。自分の専門を特定しないことが、逆に自分の価値を高たりもする時代が来るのだと---そんな根拠のない見当をつけてこの仕事を始めたけれど、この先いったいどうなることやら。
とにかくも、スタジオジャム・サンドの立ち上げから一年が過ぎた。このままがんばれる限り、走り続けていきたい。

とある吉祥寺の飲み屋さん

4月1日の日曜日。吉祥寺で友人たち大勢と花見を楽しんだ。皆と別れた後、せっかく吉祥寺に来たんだからと思って、昔住んでいたアパートの近所にあった、馴染みの飲み屋さんに顔を出してみた。そのお店に行くのは、もう7年ぶりくらい。カウンターだけの小さなお店で、とても気概のいいママさん(おばあさん)がひとりでやっている。本当にひさしぶりだったのだけど、ママさんも常連のお客さんも私のことを覚えていてくれて、お店に入った途端皆が大きな声を上げて喜んでくれた。

そのお店によく通ったのは、私がまだ学生だった頃のこと。大学の先生に連れられて行ったのが最初で、その後は一人でときどきぶらっと寄ったりしていた。私が顔を出すと、お店の人達はいつも喜んでくれた。オジサン達の隠れ家のような赤提灯のお店に、学生が一人でやってくるのが珍しかったんだと思う。常連の客達は、ちょっと変わった経歴の人が多くって、お酒を交わしながらいろんな話題で議論するのが楽しかった。ちょっと調子に乗り過ぎて、生意気なことを言って怒られたりしたこともあったけど。
ある時、お店の人達に私の絵を見てもらう機会があって、そしたら皆がとてもいい絵だと誉めてくれた。それからは皆がいつも私に「絵は描いてるか?」と声をかけてくれるようになった。しばらくの間、壁に絵はがきを飾ってくれてたこともあって、いろんな興味深い批評をしてくれたり、感動したと涙ぐんでくれた人もいた。あのお店の人達が、いつも私をあたたかく迎えてくれて励ましてくれたのが、今でも忘れられない想い出になっている。

あれからずいぶん時が過ぎた。私は今日で35歳になった。いろんなことが、あの頃とは変わってしまった。自分の内側も外側も、自分の周りの世界も。でもけっして変わっていないことだってたくさんある。あのお店は、あの人達は、あの頃のまま何も変わっていなかった。あの時とまったく同じ調子で、「絵は描いてるか?」って皆が声をかけてくれた。そのことが、なんだかたまらなくうれしかった。この人達のためにも、私はがんばって絵を描き続けていこうって思った。大事なことを確認できた気がする。

サビのない人

最近、村上春樹のエッセイ集『村上ラヂオ』を読んでいる。とても小気味いい文章で、書かれた内容にも共感することが多い。「うんうん、そうそう」と、心でうなずきながら、ついほくそ笑んでしまったりする。電車の中とかで私がこの本を読んでる時、きっとニヤニヤしてしまったりしてるから、端で見てる人はおかしいだろうな。

ある話の中に「サビのない人」という表現が出てくる。言ってることのひとつひとつは一見まともなんだけど、全体的な世界の展開に深みがないというか、サーキットに入っちゃってて出口が見えないというか…。そういう人と会って話をするとぐったり疲れるし、その疲労感は意外に尾を引く---とのこと。本当にその通りだと思う。

逆に、「サビばかり」の話をする人もいる。「それはああいうもんだ。つまりこういうことだ」と、紋切り口調を延々と聞かされると、だんだんうんざりした気分になってくる。その結論に至るまでの、その人なりの考える根拠や道筋って、いったい何なの?と途中でつっこみたくなる。

どっちのタイプの人とも、できれば同席ご容赦願いたいものだ。

ある晴れた日に

海を見てきた。

波は低く静かで、海面のあちこちで光がキラキラと輝いていた。空は真っ青に澄み渡り、遠くの山々の雪化粧を鮮やかに写し出していた。鳥たちが気持ち良さそうに風に乗って流れていった。人陰まばらな砂浜を歩きながら、なんとも言えない心持ちになった。

漁港の脇にある小さな小屋の片隅に、野良猫達がたくさん住みついていて、その猫達に友人が餌をやりに行くと言うので、私もついて行った。猫達はなかなかの大所帯で、子猫もたくさん、10匹、20匹と、あちことからどこからともなく集まってきた。紛れもなく野良猫なのだけど、どうやらこの辺の猫達は食べ物が豊富らしく、皆丸々と太っていて優しい顔をしていた。「お前たち野良猫なんだから、もうちょっと厳しさ感じてなきゃダメじゃないか」、なんて、声に出さない声で話し掛けてみたり。

ただ海を見ているだけで、とても穏やかな気持ちになれる。ささいなことに気分を浮き沈みしている自分が、なんだか馬鹿みたいに思えてくる。もっとおおらかな気持ちをもたなければなぁ。

ふとそんなことを感じながら過ごした、平日の朝。
さて仕事に戻らなければ。

2001年、大晦日

この一年も今日でおしまい。今年は自分にとっての転機となる大事な年になった。会社から離れ、一人で仕事をしていくスタートラインに立った。会社とは結局ケンカ別れになってしまったけれど、それだからこそ余計にがんばっていく覚悟がついた。いろんなことがあったけれど、過ぎてしまえばどれも大切な思い出のひとつかみ。やっといろんなことを整理して考えられるようになってきた。今となっては私が反省することもたくさんある。
あの時を思い起こすと、私の頭も心も平常ではなかった気がする。いつも気持ちに余裕がなく、いつも苛立っていた。私はとにかくあの場にいる時の自分が嫌いだった。自分で言い訳を考えて、自分で身動きできない状況を作っている、そんな自分が嫌いだった…。自分の求めるものがもうそこにはないことは、ずっと前からわかっていた。どこかで道を選ばないといけなかった。

何の見通しもなく一人で仕事を始めたのだけど、どうにか仕事を続けていく環境が整いつつある。少しづつだけど仕事が広がってきたし、方向も見えてきた。以前お世話になった業者さん達が私の仕事をサポートしてくれたことが大きかった。わざわざ私の今の所在を問い合わせて、連絡をくれたお客さんもいた。私の周りのたくさんの人達が、いろんな形で応援してくださるのが本当にうれしい。今の私にとっては、仕事の苦労や喜びを分かち合える人達の存在が、何より大事なものだと感じられる。

少し前まで、自分の可能性は限られたものでしかないと思っていた。でも今は自分次第でいくらでも道を切り拓いていけると思えるし、たくさんの選択肢が広がっていると感じられる。それはとても幸せなことだと思う。もちろん大変なことはたくさんあるし、これから先の不安は今まで以上に重く自分にのしかかる。でも私はいい選択をしたんだと思う。将来ずっと後になってからも、この時の自分の決心が本当に良かったと振り返れるよう、これからの仕事に全力で取り組んでいきたいと思う。

表現者とメディア

JPC Conference 2001】に参加してきた。

このカンファレンスに参加するのは2回目。とても面白そうな課目が揃っていたので、朝起きして会場の多摩美キャンパスまで足を運んだ。一日目は『デジタル送稿DAY』を掲げたカンファレンスとセミナーが開催された。午前中私が選んだセミナーは『カラーマネージメント、リモートプルーフ、PDF etc...最新ワークフローによる雑誌制作の現場』、午後は合同のカンファレンスで、電子送稿の実情やそのワークフローのあり方や問題点、課題についてのスピーチやディスカッションがあった。午前10時から始まって、終わったのは夜の7時近く。こんなに長い時間集中して講議を受けたのは、大学にいた時さえなかった気がする。終わる頃にはもうぐったり・・・。いろいろ考えさせられて、とても良い時間が持てたのだけど。

二日目は『パブリッシング ニューメディアDAY』。オープニングは村上 龍×伊藤穰一という豪華ゲストの対談があった。「表現者とメディア」というテーマで、新しいメディアは表現する側にどのような影響を与えるのか、それは私たちの生活にどのような変化をもたらすのか、を語ってもらう内容。しかし二人が話し始めるとどんどん脱線していって、途中から時間も気にしないくらい話が盛り上がって楽しかった。

そもそもメディアとは何なのか、表現とは何なのか、これからの時代に何を表現していくのか、表現する必要をどこに感じていくのかという、本質的な問題にまで踏み込んだ議論となった。話を聞きながら、いろいろと考えさせられた。結局大事なことはメディアの有り様ではなく、私たち自身の生き方の問題なのだと気づかされる・・・。

近年本の売り上げは連続して落ち込んでいる。映画業界も冷えきっている。音楽業界もいくつかの「大ブレーク」をかすかな生命線としている現状だ。旧式のメディアは消費を生まない、もう井戸は枯れてしまったとばかりに、皆が新しいメディアへ横滑りして新しいビジネスを期待する。
一方で、「大事なのはコンテンツ、その中身」と言われ続けて久しい。大きな企業はこぞって、新しいコンテンツ探しに躍起になっている。でもそこで言われているコンテンツとはそもそも何なのか?実際、新しいメディアは新しい消費を生んでいるのか?新しい技術の登場で何かが変わったのか? 
—---何も変わっていないのだ。以前より豊かになった分野など見当たらない。新しいメディアに特性を発揮した表現が、何かしら現れ始めたとも思えない。企業が提供するコンテンツはどれも皆、相変わらず大量生産・大量消費を前提とした価値観を反映したものでしかない。

長い間私たちの世界では、大きくなること、数が増えること、成長していくことが何より価値を持っていた。国でも、企業でも、私たち自身の生活の中でも、それは信仰にも近い扱いで優先されてきたと思う。でも今では誰もがそんなものは幻想だったと知っているし、永久的な成長などあり得ないとわかってしまった。まず私たちの価値観が変わりつつある。そしてメディアの果たす役割も変わってきた。今はその大きな転換期にあるのだと思う。
しかしメディアに携わる人達は、相も変わらず同じような情報を発信してばかりいる。そして私たちも、相も変わらず同じような情報にしがみついて生きている。ちょっといいお店、ちょっとかわいい服を知って、それが私たちの生活にどれほどの意味を持つというのか。そこに何もないことがわかっていても、私たちはやっぱりテレビや週刊誌やスポーツ新聞を見ることに、毎日たくさんの時間を潰してしまう。私たちは周りの人達から遅れてしまうことを、そこから外れてしまうことを、何より恐いと思うからだ。私たち自身のこの体質を変えない限り、日常の風景も変わっていかないだろう。本当に必要な情報は得られないだろう。生活は豊かにならないだろう。住み心地のいい世界は拓けていかないだろう。

日々変化の幅は大きく、そのスピードも早い。新しい時代の波に乗っていくことは大切なことだと思う。でもその一方で大事なことは、周りの変化に振り回されないための「自力」を、自らが培っていくことだと思う。そのための時間とエネルギーを費やす努力なくして、この不毛な競争の監獄から抜け出すことはできないだろう。

伊藤穰一が語っていた。—---経済的な成長が何よりも優先される時代は終わった。お金は既存の社会の中での、ただの約束事に過ぎない。お金が人を「ハッピー」にはしてくれない。お金自体に価値はなく、お金をバリューに変えていく技術や手段こそが大事—--- 心にグッっとくるメッセージをシンプルな言葉で伝えてくれた。

ハッピーであること。そういうシンプルな考え方が、今の時代に一番必要なことかもしれない。今はまだ「ハッピー」を測る物差が揃っていない。私たち自身のライフスタイルの選択の仕方が問われているのだと思う。

いろいろと考えさせられることの多い二日間だった。

羊とドーナツ

最近になって、村上春樹の著作を読み始めた。ハッキリ言ってまったく関心はなかったし、おそらく一生読むことはないと思っていた。別に根拠があって嫌っていたわけではないが、手に取る理由もなかった。性格がひねくれているので、ベストセラーを出すような作家は、基本的に読まないことにしている。第一、この時代にたくさん売れる本なんて、どこかうさん臭い気がしてならない。
 けれども、私の親しい友人達が「村上春樹」の名前を口にすることがあんまり多くって、だんだん気にかけずにいられなくなってしまった。「いるかホテル」やら、「羊」と「耳」の話がどうのこうのと、私の参加できない話を傍らで続けられると、なんだか悔しい気持ちになってくる。そしてとうとう私も本屋に駆け込んでしまった。
とりあえず『羊をめぐる冒険』から読み始めた。その日のうちに一冊の半分くらい読んでしまった。とても面白い。つい続けて読んでしまうのは、その文章の読みやすさばかりが理由ではないだろう。何かしら特異な雰囲気につい引き込まれてしまう。今の時代に皆が共通して抱いている息苦しさやもどかしさ、漠然とした喪失感、不確かな存在感を、とても上手に表現できている作家なのだと思う。文章の質感・仕組みが、従来の小説家のタイプとはどこかに違っていて、むしろコピーライターの仕事に通じるものを感じる。ストーリー展開のための文章は非常にあっさりていて、実際どうでもいいもので、その前や後にかかる文脈の方が作品のエッセンスになっている。その何気なく書かれた情景描写の中で、私たちはつい微笑んでしまったり、立ち止まったりするのである。所謂<文学体験>というものに重心はなく、ある種の「雰囲気」や「気分」を、読者が「読む」という行為によって「共有」できることにその面白さがあるようだ。

 どうでもいいことだが、本の中で「羊」と「ドーナツ」の記述があって、ちょっと面喰らった。私はずっと以前から、「羊とドーナツ」をモチーフにした作品の構想をあたためていたからだ。どういうわけだか、私にとっては「羊」と「ドーナツ」がとても相性がいいものだと考えてしまうのだが、いかがなものだろうか。連続パターンの図柄にして包装紙にしたいと思っている。

休日。ある一日。

ひさしぶりに、平日に会社の休みを取った。せっかくの休みなので、寝坊してはもったいない。でも目が覚めたのはもうお昼近く。会社からの電話で起こされる。

まずは電車に乗って隣の駅へ。ガス料金を払うという大事な用事。あと3日で止められるところだった。銀行の引き落としにすればいいのだが、そう思いながらもう十数年たってしまった。窓口にいたおばさんが、コンピュータのキーボードを器用に打って画面で料金を確認をする。私がお金を出すと、おもむろに机の下からそろばんを取り出し、釣り銭の計算を始めた。あのおばさんにとっては、そろばんに勝る計算機は他に考えられないのだろう。

野方のバス停で中野行きのバスを待っていたら、「地鶏のどらやき」という看板が目に飛び込んできて、ちょっと面食らう。よく見たら「地鶏の卵を使ったどらやき」ということ。別段おかしいものでもなんでもない。けれど私の頭の中には、鳥肉味のどらやきの印象が離れない。バスに乗ってからも、しばらくこの馬鹿げた連想を追いかけてしまう。

さて、中野区役所に到着。要件は住民票の写しをもらうこと。ところが印鑑を忘れてしまった。さて困った。印鑑がなくてもいいのか聞いてみると、窓口のおじさんはニッコニッコしながら、「いいですよ!いいですよ!」と促してくれた。近頃は役所の職員も、ずいぶん腰が低くなったものだと感心する。用紙を提出して身分証を出そうとしたら、「身分証?それじゃあ、ま、いちおう見させていただきましょうか」と言って、私の免許証をちょっと眺めただけで、すぐに書類を整えてくれた。腰が低いのはいいことだけど、フレンドリーすぎないか?

それから吉祥寺まで行って、眼鏡を買う。もうすぐ免許の更新なので、用意しないわけにはいかなかった。2年前に飲み屋でなくしてしまってから、ずっとそのままでいた。日常生活の中では、別に困ることはなかった。だいたい物事は、よく見え過ぎない方がいいのだから。

眼鏡の受け取りまで時間があったので、吉祥寺の街をしばらくブラブラする。平日の街中を気ままに歩くのは、本当に久しぶり。とても気分がいい。パルコの地下の本屋を物色する。ここの本屋は、いつ来てもとてもセンスがよいのだ。外国の文学の書棚が今も充実していて安心する。でも思想書のコーナーがずいぶん縮小されていた。「癒し」系や、「励まし」系の本がここでも多大な面積を浸食してるのだ。こんな状況を今更いちいち嘆いていられないのだけど、なんとなく寂しい気分になる。

仕上った眼鏡を受け取ってから、上野まで移動。ちょっと怪し気な映画館で、テリー・ギリアムの『ラスベガスをやっつけろ!』を観る。実は、これが今日一日の一番大事な用件だった。テリー・ギリアムは、私の期待を裏切ったことがない。今回も期待以上に私を楽しませてくれた。最高にエキサイティングで、最高にイカレた映画。監督自らが、「この映画を世に送りだしたことで、何をしでかしたか、何を招いたかは定かではないが、前もって謝っておきます」という言葉通り、不快なものが満載で情緒のかけらもない。全編にわたりドラッグの嘔吐感に支配されるのであるが、観ているうちに不思議と爽快感がこみ上げてくる。

この作品によって決別するものとは何か? 「アメリカンドリーム」という名の幻想と統制のシステム、70年代ライフスタイルへの浮かれた回帰願望、「カウンターカルチャー」という言葉への過剰な期待、「愛と平和」をドラッグによって買えると信じた若者たち、そしてその過ち---。そんなうさん臭いものをすべてを払拭してくれるのが、この映画なんだろう。監督が語っている、「この時代に切望される映画作品だと思っている。『ラスベガスをやっつけろ!』は90年代用の浣腸だ!」---90年代の締めくくりにふさわしい映画だと思った。

気分良く劇場を出て食事する店を探していたら、どこも若い男女で満席だ。なんなんだ?……あぁ、そうか、今日はホワイトデーとかいうものらしい。イカレた映画を見て一人で喜んでるのは私くらいか。

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