リトアニア、そしてバルト三国への夢想
ひさびさのブログ更新。そしてとっておきのお知らせ。
来月末、バルト三国へ旅行に行ってきます!
私にとって、はじめてのヨーロッパ。少年の頃から憧ればかり募ったけど、時間とお金と勇気がなくてずっと行けなかったヨーロッパ。。イタリア、フランス、スペイン、ドイツ、ハンガリー、チェコ・・・行きたいところがたくさんあり過ぎて、どこにしようかとすごく悩んだけど、ずっと密かな想いを抱いていたリトアニアに、思いきって行ってみることにしたのです。当初はリトアニアだけの予定だったのだけど、せっかくの機会だし、ラトビアとエストニアも回ってみることにしました。
![]()
リトアニアへ行くことを友人に話をすると、決まって聞かれるのは「ところで、どうしてリトアニア?」のひと言(笑)。そりゃそうですよね。リトアニアって私たちにとってはあまり身近な国ではないですから。どうしてリトアニアなのか。その話を始めるといつも長くなってしまうし、それでも自分の想いをなかなかうまく伝えらずにいるので、ここにまとめてつづっておきます。
今から20年程前、1992年3月にセゾン美術館で「チュルリョーニス展」という展覧会が開催されました。当時の私にとっては、まったく知らない画家の名前。でも親しい友人が「横山さんは絶対好きな絵だから」と強く勧められて、会場に足を運んでみたのでした。そして実際にチュルリョーニスの作品と出会って、大変な衝撃を受けたのです。うねるような有機的な曲線と、躍動する色彩。くすんだ色調を多く使っているにもかかわらず、画面からは凛とした光が溢れ出してくるようでした。抽象的なモチーフの作品も風景画でさえも、すべてに共通して豊かな物語性があって、それは素朴な古いおとぎ話のようでもあり、気高い神話のようでもありました。
![]()
チュルリョーニス「楽園」(1909年)
![]()
チュルリョーニス「天使のプレリュード」(1909年)
私はもう夢中になって作品を魅入ってしまい、何度も会場をぐるぐる回って作品を見て過ごしました。そしてチュルリョーニスの描く風景を見ているうちに、すごく親しい、懐かしい感情が込み上げてきたのです。言わば、自分にとっての原風景であるかのように感じてしまうのでした。それまで経験したことのない、特別な感覚でした。
それ以来ずっと、リトアニアの大地が、自分にとって遠い記憶の中にある故郷のように思えるようになったのです。
そして、それから2〜3年後だったでしょうか。ジョナス・メカスの「リトアニアへの旅の追憶」という映画に出会いました。メカスは、アメリカのインディペンデント映画を牽引してきた偉大な作家。「リトアニアへの旅の追憶」は彼の代表作であり、インディペンデント映画史上の不朽の名作。詩的な映像と言葉が折り重なり混ざりあって、断片的だったものがやがてひとつの美しいタペストリーにように編み上がっていく...。深く心に響く、本当に素晴らしい映画。そしてその作品の中で、メカスの故郷であるリトアニアの村の風景を見たとき、チュルリョーニスの絵に出会った時の感覚が自分の内に一挙に込み上げて来たのです。絵の中でしか知ることのなかったリトアニアを実際の映像として見て、自分にとって大事なものがきっとそこにある----なぜかしら、そう思わずにはいられなかったのでした。
![]()
ジョナス・メカス「リトアニアへの旅の追憶」(1972年)
チュルリョーニスの絵と、ジョナス・メカスの映画。私が知っているリトアニアは、たったそれだけ。もちろんただの思い込み、憧れに過ぎないかもしれません。実際にその地に立ってみたら、まったく違う印象と向き合うことになるかもしれません。でもそれでもいいのです。ずっと恋い焦がれていたものを確かめてみたい。その風景をこの目で見てみたい。その大地に触れてみたい。風の匂いを感じてみたい。そしてリトアニアという国のことをもっと知りたい。だからどうしても、そこへ行ってみたいのです。
チュルリョーニスの絵と、ジョナス・メカスの映画。それが今の私にとってのリトアニアのすべて。その先に何があるのか、狂おしいほどの期待に胸膨らませながら、旅立つその日を心待ちにしています。。




穂高さんのライブを聴くのはこれで3回目。前回のライブの時にCDを買って帰って、くりかえし聞いたけど、やっぱりライブに勝るものはありませんね。今回の演奏も気持ちがこもっていて本当に素晴らしかった。ピアノとギターを持ち替えての弾き語りでしたが、ピアノは今ひとつ調子が乗らなかったのか、途中からはずっとギター。ピアノの演奏も、私は良かったと思うんだけど。新曲やカバーの曲もすごく良かった。



私はムーミンの物語以上に、トーベ・ヤンソンの描く絵が大好きです。絵のタッチを真似したくて、何度か模写してみた時期もあったくらい。今回はじめて原画を見ることができたのだけど、想像以上に素晴らしく、原画で見るペンの描線はすごく繊細で美しかったです。描いている情景によって様々なタッチを織り交ぜてあって、場面の空気感まで描き出しているのです。夜の暗い森の場面では太めな重い描線で描かれ、霧が立ちこめるシーンではとぎれとぎれの細い線で描いてあって、走っているシーンでは流れるような鋭い線が勢いよく画面を駆け抜けて・・・という具合に。
今回の「ムーミン展」を観ながら、私が注目したのは「1957年」でした。その年に描かれた作品に、私にとって印象に残る作品がとても多かったのです。初期の頃は、どちらかというときっちりと、下絵を元にペン入れしてる印象なのですが、1957年頃を境に、ラフな描き方を多用するようになり、ペンの走りが勢いを増しています。モチーフをきちっと描き込むことよりも、場面の雰囲気や心理描写を描くことに、トーベ・ヤンソンの関心が移っていったのではないでしょうか。初期の頃から天才資質を発揮した優れた挿絵を数多く残していますが、1957年以降、一枚の絵としての完成度が更に高まっていったように感じました。