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カテゴリー:小旅行・ちょっと遠出

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その7)

展示をひととおり見終わった後、まだ少し時間があったので、21世紀美術館の隣にある兼六園に行ってきました。

あ、その前に、美術館と兼六園の間にある石浦神社に立ち寄りました。こじんまりとした敷地でしたが、歴史の深さを感じる立派なお社がありました。

 

そこにあった妙に可愛らしい「手水」の図解。(れいほーさん、真似してごめんなさい)
 

そもそも兼六園がどういうところかさえも、よく知らなかった私。庭園を鑑賞する素養はないので、あまり期待してなかったのですが、想像していたよりはるかに素敵な場所でした。人工的にカチッっとつくり上げられた庭園は、なんだか無機質な感じがして魅力を感じないのですが、ここは自然のままの部分と人が入念に手入れしている部分との調和が素晴らしいと思いました。古いお寺の庭のような心地よさを感じます。

入園してから最初に見入ってしまったのは、庭園らしい景観よりも、池にいた食欲旺盛な鯉と鴨たち。そして歩き始めて5分もたたないうちに、最初にあった茶屋でさっそくくつろいでしまいました。

これは「じぶ煮そば」。美味しかった!じぶ煮は金沢の有名な郷土料理で、それをそばにのせたもの。そのお茶屋さんでオリジナルなんだとか。甘辛いたれとワサビの相性が絶妙でした。
 

兼六園は、いかにも庭園らしい景観も素敵でしたが、それ以上に見入ってしまったのが、この見事な苔でした。岩の上にも木々の肌にも、この苔がびっしりと根付いてました。

 


そしてこのぐにゃぐにゃと不思議な形で伸びている松。美しい、というのとは違う、もっと激しくて力強いものを感じます。ずっと見ていると、自分の内側に何かざわめくものが込み上げてくるような…。

 


美しかったのは、この見事な梅林。うっとりするほど美しい梅の花。

 

ここが満開のときは本当に見事な景色になるんでしょうね。満開の時にもう一度観に行ってみたいな。
 


たった二日の日程だったけど、すばらしいものにたくさん出会い、密度の濃い時間を過ごすことできて、本当に楽しい旅でした。金沢をもう少し歩いてみたかったのだけど、今回はその時間がなかったのが残念。またゆっくり遊びに行ってみたいです。

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その6)

二日目もこれ以上にない、快晴の青空が広がりました。

午前中に宿を出て、再び金沢へ。

その前に、旧富来町の病院にある粟津潔作の銅像を見に行ったりしました。前回の記事に書き忘れましたが、旧富来町は粟津さんの父親の実家があったところなのだそうです。その縁の地で、いろんな偶然と経緯の中で、あのような歴史に残るライブイベントをやることになったのだから、人のつながりや地縁というものは、本当に不思議なものだなぁって思いました。

 

お昼過ぎに、再び香林坊まで戻ってきました。そして「金沢21世紀美術館」に到着。ずっと前から行きたいと思っていた「21世紀美術館」、そしてそこで「粟津潔展」を観られるなんて! 会期ギリギリになってしまったけど、なんとか間に合って本当にうれしかった。と、その前にまずは腹ごしらえ。

 

金沢市役所裏に流れる川と、近所のお店で食べた「カニ味噌手打ちパスタ」。

美術館は入り口付近からたくさんの入場者で賑わっていました。展示の様子を許可いただいて撮影させてもらったので、ちょっとだけご紹介します(画像の転載はしないでくださいね)。

今回の『荒野のグラフィズム:粟津潔展』は、21世紀美術館所蔵の約2600点の粟津潔作品コレクションから、1500点という膨大な点数の作品が展示されました。2年前に、東京文京区の「印刷博物館」でも『粟津潔展 EXPOSE '06』(→その時の記事)が開催されたのですが、今回はそれよりはるかに大きな規模の展覧会。まず展示室に一歩足を踏み入れて、壁面いっぱいに展示された作品数と、そのスケールに圧倒されました・・・。目眩がするような気分で、しばらく呆然と作品を見上げてしまいました。

粟津潔さんの代表的な作品は、今まで何度も観ているにもかかわらず、その膨大な作品を一同に介して向き合ったときに感触は、何とも表現しようのない、特別なものでした。うまく言えないのですが、それら作品群が制作されたときの作者の激しい情念と、時代の空気のようなものが、垣間見られたような気がしたのです。

これは、1977年のサンパウロ・ピエンナーレに出品した代表作《グラフィズム》の再現。個別の作品を「観る」というより、部屋全体から発せられるものを「体験する」作品だと思います。一人の女の子が黒い色面のキャンバスの前で、長い時間立ち尽くしていました。

私が一番長くいた部屋は、このポスター作品を集めた展示室。なんという作品数なんでしょう・・・。そしてその一枚一枚が宣伝美術である機能性や目的を越えて、表現としての存在感を力強く発揮しているのです。印刷・デザインの仕事に携わっている側の人間の一人としてこれらの作品に向き合ってみると、そのどれもが大変な技術と労力を費やしているのが想像されます。用紙の選び方から、製版の仕方、印刷工程まで、今では考えられないような手間と創意工夫が秘められてるのではないでしょうか。その制作過程の現場を想像すると、正直ぞっとすると同時に、たまらなくわくわくする気持ちが込み上げてきます。どんなに大変なことがあっても、そこに関わった人たちはきっと、その時点の技術レベルを超えて、自分の能力をも超えて仕事したのでしょう。制作過程でのイレギュラーな出来事さえも包み込んで、作品に昇華してしまう力強い・・・というか、恐ろしい執念のようなものが、粟津潔さんの作品の奥に横たわっているように感じました。

展示室はいくつかのテーマで分かれていて、多ジャンルに渡る仕事を手がけてきた粟津潔という作家を、多元的に多面的に掘り下げていたのが、とても良かったと思います。年代別に作品を展示するより、作品の本質を垣間見れる切り口になっていたと思う。

そして写真作品を集めた部屋もすごく良かった。日常的な場面の中にノスタルジックな情感を喚起させる画を見いだしていたり、当たり前の景色のはずなのに、こんな場面の切り取り方ができるのかと、驚かされたり。あ〜、粟津潔さんの写真を集めた本が欲しい。

中庭にディスプレイされていたのは、粟津さんの作品の象徴ともいえる「ウミガメ」。明るい日差しに照らされて、気持ち良さそうでした。

21世紀美術館はとても天井が高くて、展示室も広々としていて、ゆったりとした気分で作品を楽しむことができます。ガラスを外壁にたくさん使っているので、日中は外光が入って明るく、美術館特有の閉塞した感じがありません。

「粟津潔展」を観るだけで、かなりのエネルギーを使ったので、常設展はほとんど観ないで終わりました。なので、21世紀美術館のその他の展示についてはあまりコメントできないのですが、美術館全体としての展示のレベル・質は非常に高く、本当に素晴らしい美術館だと私は思いました。閉館後も自由に入れるフリースペースや、ライブラリー、市民ギャラリー、託児室もあったりして、観光客以上に市民の来館者を大切にしてる姿勢を強く感じました。高い評価を受けている美術館であることを、今回実際に足を運んでみて、充分に納得したのでした。

 

これは例の有名なプール。上からと下から。家族連れの人たちは喜んでました。
 
2005年にフィルムアート社から刊行された、「粟津潔 デザインする言葉」の本文DTPの制作を、私もお手伝いさせていただきました。素晴らしい内容の本ですので、ものをつくる仕事をしてる方、ぜひ手にとってみてください。

その本の中の一文———。
「私たちの未来に執念がほしいのです。可能性を無限にふくんだ歓喜に満ちた空白の時代、そこにわれわれは住んでいます。」
 

★粟津潔 オフィシャルサイト Kiyoshi Awazu.com
http://www.kiyoshiawazu.com

(つづく)※次がラストです

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その5)

(増穂浦海岸)

午後5時。少し陽が傾いた頃に、「ピアノ炎上2008」が始まりました。
防火服に身を包んだ山下洋輔が、さっそうと登場。

 

ピアノに向い一呼吸あった後、いきなり演奏が始まりました。そして演奏が始まってすぐに、ピアノの上蓋から赤い炎が燃え上がりました。

火はあっという間に大きくなり、凄まじい勢いの炎と煙がピアノを覆います。その炎と闘うかのように、激しく、ときには握り拳を使って、鍵盤を叩き続ける山下洋輔。次第に弦を焼き切って行ったのでしょう。最後は高音の部分しか音が出なくなって行ったのだけど、燃えるピアノと山下洋輔とがせめぎ合うような場面が展開していきました。

すべてがあっという間の出来事。そして、いよいよ炎がピアノ全体を包み、これ以上の演奏は不可能という状況になって、山下洋輔はピアノを離れました。その後も燃え続けるピアノを、会場の傍らでずっと見届けていました。

ライブ演奏として「ピアノ炎上2008」は、そこで終わったわけですが、その後も、ますます激しく燃え上がるピアノを大勢の観客が見守り続けました。ピアノの一部が焼け落ちる度に大きな歓声を上げたりしながら。

山下洋輔の演奏が終わってしまうと、日常の世界に急いで戻らないといけないかのように世間話始める大人たちもたくさんいましたが、その一方で、真剣な表情でピアノをみつめてる子供たちをたくさん見かけたのが印象的でした。私の近くにいた子は(まだ4〜5歳だったでしょうか)、父親に肩車をせがんで燃えるピアノを見ようとしてました。その子の記憶の中に、この日の出来事がどんな風に残っていくのでしょうか。

途中、お寺のお坊さんがお経を上げて供養する場面があったりしながら、およそ一時間くらい、大勢の観客がピアノの運命に立ち合っていたのですが、いよいよ陽が落ちて暗くなり始めた頃合で、スタッフたちが火消しの作業に入りました。

しっかし、その消火活動が一つの見せ場でもありました。最初に1本目の消化器を吹き付けたのだけど、炎は弱まるどころかますます勢いを増すかのように燃え上がりました。そしてものすごい量の煙。火の勢いが治まるまでに、5〜6本の消化器を使ったでしょうか。

ついに息絶えたかのようなピアノの残骸・・・。
祭りのあとのような寂しさが込み上げてきます。最後にショベルカーまで投入して撤収作業。バキバキと音を立てて、燃え残ったピアノの残骸が崩れ落ちて行く様は、ちょっと切なかったです。葬儀の時に、灰になった骨を骨壺に押し込んでるときの場面を、ふと思い起こしたりしました。

さすがにこの頃には、ほとんどの観客はいなくなっていたのですが、私は最後までそこに立ち会えてすごく良かったと思ってます。その一連の出来事の全てが、「ピアノ炎上2008」という素晴らしい舞台の体験だったのだと感じました。

演奏の時間は短かったけれど、それだからこその凝縮された一瞬を楽しむことができたのだと思います。そして演奏後も大勢の人が火を囲んで一緒に過ごした時間は、遠い日のお祭りのような、なつかしくてあたたかいひとときでもありました。

暮れゆく海岸と、燃えるピアノ——。本当に美しい光景でした。

(つづく)

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その4)

(増穂浦海岸〜志賀町富来)

ホテルにチェックインしてからも、「ピアノ炎上」の本番まで、まだだいぶ時間があったので、ホテル周辺を散策することにしました。もちろんカメラを持って。

旧商店街の辺りをぶらぶらして、そのままあてもなく気の向くままに歩いてみました。


 
 

この辺りの古い家並は、造りがとてもしっかりしていて、風情がありました。玄関の門や窓の木枠などに、手の込んだ細工のしてあるものをたくさん見ました。腕のいい建具師たちが、かつてはたくさんいたのではないでしょうか。

そして、猫にも出会いました。でも近づけなかった・・・残念。家並みのあちこちに細い路地がたくさんあったので、猫たちにはすごく住みいい環境なのでしょう。


 
 
 
これこそモダンアート!? 刺激的です。

 

こんな変なものをみつけて楽しみながら、あちこちぶらぶらと歩いているうちに、頃合いの良い時間になってきたので、一度宿に戻って温泉(!)入ってくつろいで、それから海岸沿いを歩いて再び増補浦海岸まで歩いて行きました。

途中の砂浜でカニを発見!
 

波打ち際を必死で逃げるカニ!! それを逃すまいと追いかける私!

そこに激しい波しぶきが!!!
・・・と、既に死んでたカニで遊んでみました(笑)。アホですみません。。

20分くらい歩いたでしょうか。ふと振り返ると、砂浜には自分の足跡がはるか彼方まで。こんな風景をながめて、つくづくと幸せな気分になったのでした。


 

会場にはすでにたくさんの人が集まっていました。美術・音楽の方面の仕事をしている人から、一般の家族連れまで、来ている人は様々。東京や大阪方面から来ている人もたくさんいたようですし、もちろん地元の方もたくさん集まっていました。これからはじまることへの、期待と緊張感が、徐々に高まって行きます。

 


 

皆がみつめる先には、一台の黒いピアノ・・・。

(つづく)

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その3)

(金沢〜能登・増穂浦海岸)

友人3人と合流し、車に乗せてもらって、能登半島へ。
能登有料道路を走って約1時間半、志賀町増穂浦海岸に着きました。朝はどんより曇っていましたが、次第に空が明るくなって来て、快晴の青空が広がってきました。

現地にはすでにたくさんのスタッフが来ていて、真剣な表情で会場設営や、ピアノの準備をしていました。

 

21世紀美術館のスタッフ、撮影関係のスタッフ、ピアノ設営のスタッフ・・・などなど、大勢の人たちが代わる代わる出入りします。ディレクターのKさんは到着するとすぐに美術館スタッフの方が駆け寄って来て、事前打ち合わせで忙しくしていました。荷物運びでも後片付けでも、私も手伝えることがあればやるつもりでいたのだけど、人手は充分たくさんあるようだったので、とにかく邪魔にならないようにと思って、その周辺で写真撮ったりしてました。

この美しい海岸に、ピアノが置いてあるという光景・・・もうそれだけで刺激的です。

 

澄んだ海をみつめ、清々しい風を感じながら砂浜を歩いているうちに、なんだか子どものように心がはしゃいでしまうのです。前の記事にも書きましたが、増穂浦海岸は日本小貝三名所の1つなのだそうです(ちなみに他の2カ所は、紀伊の「和歌浦」と鎌倉の「由比ヶ浜」なんだそうな)。ふと足下をみつめると、小さな貝殻が無数にあって、その色合いの美しさ、形状の面白さに、夢中になっていました。


 

他にも砂浜でみつけたおもしろいものいろいろ。。。

これはいったいなんなのでしょうか?

海の生き物の造形には、摩訶不思議な世界がありますよね。

カニの足が、あちこちに落ちていました。こういうのをみつける度に、子どものように声を上げて喜んでる私たち・・・(笑)
↓は、友人のJさん。すっかり少年の心に戻ってるような後ろ姿。


 

海岸沿いをずっと歩いて行った先で、おばあさんが海藻を拾っていました。


 

海も砂浜も本当にきれいで、その風景をぼーっと眺めているだけで満ち足りた気持ちになります。こんなにもゆったりとした時間を持てたのは、本当にひさしぶりのこと。

海を見ながらお弁当を食べて、しばらく砂浜でぼ〜っとして過ごしたのだけど、まだ、夕方の本番までにはだいぶ時間あったので、いったん宿に荷物を置きに行くことにしました。その日の宿になっていたのは「シーサイドヴィラ渤海」。館内はとてもきれいだし、部屋も広くて、とても居心地の良いホテルでした。
http://www.togi-resort.jp/facilities/bokkai/index.html

(つづく)

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その2)

金沢・能登の旅から帰ってきて、早一週間がたってしまいました。
続きを書こうと思いつつ、最近家に帰ってからパソコンに向かうと急に睡魔が襲ってきてしまうのです…。他にもいろいろ書くことや写真も溜まってきたので、この数日のうちにがんばって更新しますね。


(東京〜金沢)
金沢には夜行バスを使って行きました。時間とお金を節約したかったので。夜行バスだと、金沢まで片道5300円。安い! とはいえ、過去2回の夜行バス体験ではほとんど眠れなかったので、今回も覚悟していたのですが、さすがに3回目にもなると体も慣れたのか、今回は案外よく眠れました。

夜の11時まで会社で仕事して、11時40分発のバスに乗って、その8時間後には金沢の地に自分がいる・・・ってことが、とても不思議な気分でした。

バスの濡れた窓ガラス越しに見る朝日。滲んだ光が、幻想的できれいでした。
 

金沢駅に着いたのは7時半。空はどんよりと曇っていました。
日本海特有のどんよりとした灰色の雲。湿気のあるひんやりとした空気…。それは、私の郷里と同じ感触のものでした。

 

なんだか実感がないまま、ぼんやりした頭で金沢駅構内をうろうろと徘徊し、喫茶店でコーヒーを1杯飲んでから、金沢へ先に来ている友人に電話しました。「香林坊」というところで落ち合うことになったので、駅前のターミナルからもう一度バスに乗りました。

とりあえず「香林坊」のバス停で降りれば、どこか案内が出てるだろうと思って周りを見渡したのだけど、それらしきものは見当たらない。さて困ったなぁと思って、通りを歩いてる人に「香林坊ってどうやっていくんですか?」って聞いたら、「この辺り一帯を、香林坊って言うんですよ」と笑って答えられて、少し恥ずかしい思いをしました(笑)
 

「石川近代文学館」という建物。素敵な外観でしたが、現在は改装中のようでした。


あー、こんなに細かいこと書いてたら、1月かけても終わりませんね。。(笑)
このあとは、もうちょっと駆け足で文章書くことにします。

(つづく)

金沢〜能登〜ピアノ炎上〜粟津潔展(その1)

金沢・能登に行ってきました。
たった二日間の日程でしたが、とても密度の濃い時間を楽しむことができました。
素晴らしいことがたくさんあって、いっぺんには書きれないので、何回かに分けて記事を書いていこうと思ってます。でも、あまり間が空くとノリが悪くなるので、とりあえず二日間の旅をダイジェストで。。。
 
今回の旅の目的は、金沢の21世紀美術館で開催されている「荒野のグラフィズム:粟津潔展」を観に行くこと、そしてその関連企画「山下洋輔、燃えるピアノに新たに挑戦[ピアノ炎上2008]」に参加することでした。

ずっと行きたいと思っていた21世紀美術館!

 

 
「ピアノ炎上」は、能登半島の増穂浦海岸で開催されました。
http://www.kanazawa21.jp/ja/03news/pdf/burningpiano.pdf  

見てください、この海岸の美しさ!
澄み渡った海と青い空、まぶしいほどの白い砂浜・・・ここへ来て良かったと、心から思った瞬間でした。
 

夕方になるにつれて、海岸には大勢の観客が集まってきました。集計では450人以上になったそうです。そして様々なメディア、報道機関の人たちも来ていました。
(上演中は基本的に撮影禁止だったので、実際にどんなだったかお見せできなくてごめんなさい。掲載しても良さそう写真があれば、あとでアップします。)


増穂浦の砂浜にはこんな風に小さな貝がたくさん。増穂浦は日本小貝三大名所の一つとして有名なのだそうです。

もちろん美味しいものも食べてきました。活きている甘エビを、贅沢にも網焼き♪


 
市内観光をする時間はほとんどなかったのですが、展示を見終わった後帰りの電車まで少し時間があったので、美術館の隣にある「兼六園」に行ってみました。
え〜と、庭園らしい写真もあとでアップしますが、まずはその超部分的世界を!(笑)


「荒野のグラフィズム:粟津潔展」は、3月20日まで開催されています。本当に素晴らしい展覧会ですので、都合つく方はぜひ行ってみてください!
★詳細HP→http://www.kanazawa21.jp/exhibit/awazu/index.html

再び、鹿沼へ行ってきました。

年初めは不思議と穏やかな日々が続きましたが、そんな状況がいつまでも続くわけはなく・・・再び激務の毎日です。先週も連日夜中過ぎまで仕事。会社に泊まり(一人で…)の日もあったり。その翌日、会社の同僚たちは「横山さん、徹夜明けなんだから今日は早く帰んなよ」って優しい言葉かけてくれましたが、その日も家に帰れたのはやっぱり日付変わってからでした(笑)。そしてこの3連休も出勤要請。でもどうにか1日休みを取れたので、今日は栃木県鹿沼市まで出かけてきました。
 

このブログで何度かご紹介させていただいた、チョコ会長さんの《アカリチョコレート》が、先週2月8日(金)に、ついにオープンしたのです!!!
本当はオープンの当日にお祝いに駆けつけたかったのですが、しがない勤め人故、それもかなわず…。やっと今日、お祝いの花を届けに行ってきました。
★アカリチョコレート・・・http://www.acariechocolat.com/

昨年9月に鹿沼を訪れたときの記事にも書きましたが、《アカリチョコレート》はこの「木行舍」という家具屋さんの一角に新設されることになりました。
★室内考房 木行舍・・・http://www.mokkou-sya.com

 

あの家具屋さんにチョコレートショップ・・・いったいどんな風になってるんだろうと、楽しみに想像しながら行ってみたのですが、なんだか不思議な程しっくりとその場に収まっていました。もうずっとそこにチョコショップがあったのが当たり前のように。なんだか変な言い回しですが、そのことがとてもうれしい驚きでした。

こんな風に、チョコを作っているキッチンが売り場に面しているのです。このことは、実はとても大変なことだと思います。そば屋が店先でそばを打ってたり、ピザ屋が生地を伸ばしてるのを見せてるパフォーマンスとは、まったく違う次元のことだと思うのです。職人が、ものをつくっている現場や技を、人に見せてしまってるのですから。それは、本当に、自分の仕事への確かな誇りと自信がないと、できないことだと思います。そうしたお店のつくりにも、《アカリチョコレート》らしさが、存分に発揮されていました。


 
 

左はチョコ会長さんの自信作、抹茶を使ったクリスピーチョコラ。右はボンボンショコラ詰め合わせ。ハードなチョコマニアの方もうならせる内容だと思います。私はプレーンミルクガナッシュが傑作だと思います。

これは鹿沼産の栗のハチミツガナッシュ。この素晴らしいハチミツをつくっているのは、黒田養蜂園さん(http://www.thanks-honey.co.jp)。なんとも言えない濃厚な甘さにうっとりします。普通の甘さではなく、「濃い」甘さなのです。


こうやってチョコづくりに心を込め、人生を懸けているチョコ会長さん、そしてそれを支えている奥さんと娘さん、木行舍のオーナーさんの姿を見ていて、私もとても胸が熱くなりました。正直、私も疲れが溜まってて遠出できるような気分ではなかったのですが、やっぱり無理をしてでも行ってみて本当に良かったです。たくさんの元気をいただきました。

さて、肝心なチョコについての感想を書ききれていませんが、その美味しさのことは今まで何度も書いてきてるので、ここを見てくださってる方々は充分承知だと思います(笑)。今回食べてみて、更にグレードアップしてることなど、また思いつくままに追って感想書いてみたいと思ってます。とにかく食べてみたいという方は、ネットショップもオープンしてますのでご利用くださいませ。送料かかっても、食べてみて損はないこと、私が絶対に保証致します。

★チョコのWebショップ・・・http://www.acariechocolat.com/Item.htm

鹿沼のお店に、実際に行ってみたいという方は私がご案内しますよ。鹿沼に行ったのはこれで2度目なので、だいぶ 土地感もつきました。日光線の電車の手動ドアにも、今回は気後れしませんでしたし(笑)。大谷石採掘場ツアーもやりましょうね。


★おまけのはなし。
家を出たのが2時過ぎで、鹿沼に着いたのが5時前。トンボ帰りの日程だったので、さすがに帰りの電車では疲れが出てずっと寝てたのですが、うとうとしながら、ふと、夢の中で木の香りが立ちこめて、はっと目が覚めました。なんだろう?・・って思ったら、さっき買ってきたチョコの手提げ袋に顔が傾いて、そこから木の香りがこぼれていたのでした。家具屋さんに住んでいた木々からの、思いがけないおみやげでした。

木の香りと、チョコのハーモニー。・・・素敵だと思いませんか?
 

写真は鹿沼の府中橋から望む黒川。

鹿沼へ行ってきました(その3・観光編)

ちょっと間が空いてごめんなさい。鹿沼の話「その3」です。書くことたくさんあって長くなるので、あと2回に分けるつもりでしたが、今回で一気に書ききります。二日目は、チョコ会長さんと午前中じっくり時間かけて打ち合わせした後、午後から鹿沼の見所をあちこち案内していただきました。

鹿沼は、江戸時代に日光東照宮がつくられたとき、全国から大工や建具師等の建築技術者が大勢集められ、その滞在中の宿町として栄えた時代があったのだそうです。そして彼らの一部は鹿沼に永住することとなり、木工や金細工の高度な職人技が後の時代にも継承されたのだそうです。そういう歴史があるからこそ、今日に至っても鹿沼には職人的な気質が人々に受け継がれているのかもしれません。

ここは500年の歴史を持つという今宮神社。全体は割とこじんまりとしてますが、社殿はとても立派で美しいです。境内の所々に目を見張る造形に出会えました。

 
 

これは神門の裏側。精巧で力強い彫刻が見事でした。

毎年10月の第2週に「鹿沼ぶっつけ秋祭り」という例大祭があって、お囃子を乗せた彫刻屋台が一斉に繰り出し、町中を練り歩き、この今宮神社の境内に入ってくるのだそうです。大勢の人の歓声と熱気に包まれながら、大きな屋台が鳥居をくぐって出入りする様は、さぞや壮観な光景でしょう!
「鹿沼ぶっつけ秋祭り」・・・http://www.geocities.jp/kanuma_city/

・・・と言っても、私はこの時点では「屋台」と聞いても、正直「???」な状態でした。なので、今度はその「鹿沼の彫刻屋台」というものを見せてもらいに行きました。

彫刻屋台は各町の保有(27台あるそうです)で、行事の時以外はそれぞれの町の蔵などに保管されてるのだそうです。展示場で見ることができるものもある、ということで連れて行っていただいたのですが・・・これがもう、一目見て圧巻でした。。

間近で見た屋台の迫力に、しばし唖然としてしまいました。なんという豪華さ。力強さ。そしてこの色彩の艶やかさ。私は正直なところ、日光東照宮を見た時に、あまり感心しませんでした。とても過剰な装飾だと思ったし、なんだか押し付けがましい感じがして。でもこの屋台を間近で見て、自分の考えが大きく変わりました。その彫刻の繊細さや、様々なモチーフを組み合わせる想像力、職人の遊び心に満ちた見事な造形美に、しばし言葉を忘れて見入ってしまいました。遠目で眺めただけでは気づかなかったことです。そしてこの造形の素晴らしさは、写真ではなかなか伝わりにくいかもしれません。

 
 
 

これは石橋町というところの屋台でした。無料でいつでも見られるそうなので、ぜひ皆さん一度本物を見に行ってみてください。
 

その後は大谷石の採掘場に連れて行っていただきました。見学した場所は当然ながら現在は採掘は行なっておらず、「大谷資料館」として一般に開放されています(入場料は大人600円也)。入ってみると、中は想像以上に大きな空間でした。採掘場というより、巨大な地下宮殿という雰囲気。そして冷蔵庫並みの気温の低さ。まったくの別世界でした。惜しむらくは、フィルム切れとバッテリー切れの二重トラブルで、中の様子を写真撮れなかったこと。バッテリーは乾電池に切り替えてみたのですが(そういう機能があるので)、なぜかこの時は動作不良が重なってしまいました。ホントに残念。またあらためて足を運んでみたいです。
★大谷資料館・・・http://www.oya909.co.jp/
 

ここからは「その4・おまけ編」(笑)
チョコ会長さんにお土産をいただいたのですが、これがまた美味しかった!


 
 

「紀州屋」という鹿沼で有名なお店のお菓子。明治32年創業という伝統を持っている和菓子の老舗です。この「焼きんとん」ホントに美味しいです。甘さひかえめな餡と、包んである餅の職感が絶妙なバランスで、もう続けて何個もばくばく食べてしまいます。右のお菓子は、はと麦焼酎を使ったという珍しいカステラ。普通のカステラよりも濃厚な味で、独特な風味があって美味しかったです。
★鹿沼の銘菓「紀州屋」・・・http://www6.ocn.ne.jp/~kishuya/
 

それからこれは「てまり窯」さんの器。「てまり窯」さんのことはチョコ会長さんのブログで知って、以前からときどき作品をHPで見ながら、あぁ、素敵だなぁって思っていました。今回実際に手にしてみて、写真よりもはるかに素晴らしくて思わず買ってしまいました。表面の少しざらっとした質感がとても心地よいのです。まるで大谷石のよう・・・と思っていたら、なんと釉薬に大谷石の切削粉を使っているのだそうです。納得。
★てまり窯・・・http://www.ne.jp/asahi/temari/gama/

「てまり窯」さんの器は、「大谷資料館」他で、販売しています。鹿沼行かれた方はぜひ手にとってみてください。あ、そしてお土産はアカリチョコレート「大谷の石畳」と、紀州屋の「焼きんとん」で決まりです(笑)
 

今回たった2日間の日程だったので、少ししか見て回れませんでしたが、とても密度の濃い小旅行でした。いつの間にか私も鹿沼に思い入れしてしまっています。鹿沼という風土を愛し、そこでがんばっている方達にたくさん出会えたことが、何よりも楽しい出来事でした。

★鹿沼での写真をFlickerにまとめました。(スライドショーでどうぞ)
http://www.flickr.com/photos/jamsand/sets/72157601990189875/show/

スライドショーがうまく再生されない方はこちらからどうぞ。
http://www.flickr.com/photos/jamsand/sets/

鹿沼へ行ってきました(その2・風景編)

昨日の記事に書き忘れましたが、チョコ会長さんのチョコについては、以前このブログにこんな紹介記事を書きました。
http://www.jamsand.com/jampot/2007/02/1323.php

そしてそもそもの始まりは、この記事からでした。
http://www.jamsand.com/jampot/2005/11/1602.php

たまたま人からいただいたチョコを食べてみて、それがあまりに美味しかったので何気なくブログに感想を書いただけなのですが、まさかそのことが今日につながるとは夢にも思いませんでした。そして先日チョコ会長さんと飲みながらその話をしていて、実はそのチョコが私の許へ届くに至った人のつながりにも、大きなドラマがあることがわかったのでした…。本当に不思議な話なんですが、身近な出来事のいろんな偶然の背景には、多くの必然があるのだなぁと、感慨深く思うのです。。
 

さて、当然ながら鹿沼へはカメラも同伴でした(人間の同伴はおりません…)。
いつもながらの道連れ、コンタG1とデジGR。

素泊まりの安いビジネスホテル(?)に宿をとりました。朝起きて、部屋の窓から撮った1枚。そのあともぶらぶらと宿の周辺を散歩してみました。

 
 

 
野原にはたくさんのトンボがたち。
ちょっと前までセミの声がうるさかったのに、いつの間にかトンボたちの季節になってたんですねー。ちいさな自然の中に、季節の移り変わりを色濃く感じます。


 
 

次回は「その3・観光編」です。お楽しみに!

鹿沼へ行ってきました(その1)

チョコ会長さんのチョコレートショップは、今年12月オープンに向けて現在準備中です。そのロゴやパッケージ等の打ち合わせのために、栃木県鹿沼市へ行ってきました。

雑用をすませてから家を出たのが午後3時くらい。新宿から湘南新宿ラインに乗って(途中から東北本線に乗り入れ)宇都宮駅下車。そこから日光線というローカル線に乗り換えて2駅で鹿沼に到着。ついたのは5時半くらいでした。出かけるまでは正直気合いが必要(すみません…)でしたが、実際は思ってたよりもずっと気楽に行ける距離でした。
 
鹿沼駅のホームと日光線。ちょっと懐かしい感じがして心地よかったです。



 

チョコ会長さんとお会いするのは今回が初めてだったのですが、ブログ通じてたくさん話をしてきたので、もうずっと前からの親しい友人のようでした(笑)。最初はちょっと緊張しましたが、打ち解けて話ができるまでに時間はかかりませんでした。ご自宅に招いてくださって、きれいな奥さんと可愛い娘さんにもお会いでき、心あたたまる時間を過ごすことができました。こんな素敵な家族があるからこそ、チョコ会長さんはご自身の夢に、まっすぐ向き合えるのだなぁと思ったり。そして、チョコ会長さんのあたたかな人柄をあらためて知って、そのチョコの特別な美味しさの秘密が、ちょっとだけ垣間見えた気持ちになったのでした。

まだ準備中のことですので、具体的なことはここには書きませんが、種々の制作物について大筋の方向について話し込みをしました。これから時間かけて詰めていけないといけないことがたくさんありますが、とにかくこうやって顔を合わせて、直にチョコレートショップへの想いを聞かせてもらったことが、今回とても大事なことだったと思います。

自分にどれだけのことができるかわからないのですが、自分のこれまでの経験や知識を総動員して、良いものをつくれるよう精いっぱいがんばってみたいと思ってます。どんなロゴ、パッケージになるか、皆さん楽しみにしててください。

★アカリチョコレート「大谷の石畳」・・・http://acariechocolat.sblo.jp/
 

お店はこの大きな石蔵の中にオープンします。大正時代につくられた深岩の石倉庫なんだそうです。建物の中は石蔵の造りを大事に残しつつ、きれいに改装されています。落ち着いた雰囲気があってとても素敵な空間です。


 
 

ここは「木行舎」という家具屋さんで、店内には天然の木を使った立派なテーブルや椅子等が所狭しと並んでいました。小さな可愛らしい木のおもちゃも展示販売しています。このオーナーさんは「本物」と「夢」を愛する、とても志の高い方でした。チョコ会長さんのチョコへの想いに惚れ込み、チョコショップ&カフェの開店を後押ししてくださったのだそうです。この世知辛い世の中で、なんて心あたたまる話なんでしょう・・・。そう、物語はとっくに始まっているのです。
★木行舎・・・http://www.mokkou-sya.com/
 
 

初日の夜は、とても風情のある、隠れ家風な居酒屋さんにつれていっていただきました。古い民家を改築してお店にしたのだそうです。田舎のおばあちゃんの家のような感じ。料理はどれも本当に美味しかったです。チョコ会長さんご家族と、木行舎のオーナーさんと一緒に、美味しい料理とお酒を囲んで、深夜近くまで皆で楽しく語り合ったのでした。。

2日目もいろいろあって書ききれないので、続きは後日!

実家に帰ってきました

実家のある鳥取県米子市に帰省してきました。夏休みというわけではなくて、実は、父が急に手術することになって、急遽戻らないといけなくなったのでした。危険度の高い手術ではなかったのですが、生命の一番大事な部分に手を入れたので、医者からは「万一のこともありますので・・・」と散々脅され、手術前はかなり緊張しました。でもすべて順調に事が運び、どうにかホッとしました。病院やお医者様、この国の医療保険制度のありがたさを、しみじみと痛感した今回の一連の出来事でした。

ま、そんな事があったのですが、お陰で思いがけず帰省することができて良かったです。本当にひさしぶりの里帰りでしたし、田舎の空気を吸って、懐かしい景色を見て、美味しいものもたくさん食べて、とても良い気分転換の機会になりました。やっぱりいいものですね、故郷があるって。町の景色が少々変わっても、やっぱり変わることのない何かが、そこにあるような気がします。


帰省する前は二晩徹夜しても仕事が終わらず、でももうどうにもならない状況になったので、とにかく途中の仕事もノート型PCに放り込んで、着のみ着のまま家を出ました。結局、指定席を取っていた新幹線には間に合わなかったのですが、どうにか当日中に戻れる便に滑り込むことができました。切羽詰まった状況でPCにデータを入れて持ち帰ったのですが、モデムの調子がおかしかったりでまったく仕事にならず、何のために重い荷物を持ち帰ったんだか・・・ってことになったのですが。

帰省する時、飛行機を使うことが多いのですが、今回はひさしぶりに(学生の時以来だから10年ぶり以上?)新幹線と伯備線というローカルな電車を乗り継いで家に帰ることにしました。飛行機だと1時間ちょっとのフライト、新幹線を使うと6〜7時間もかかってしまう(なんて遠いんでしょう!)のですが、今回はなんとなく、電車に乗ってみたかったのです。

まず東京から岡山まで新幹線で行きます(約4時間)。岡山から伯備線「やくも」という電車に乗り換えます(約2時間半)。この伯備線というのは、岡山と鳥取との国境にある中国山脈を越えていく路線で、登り下りが多い上に左右に曲がりくねっている線路なので、まぁ、とにかく揺れるのです。どのくらい揺れるかと言うと、お弁当と一緒に買ったお茶がこぼれるくらい、揺れるのです(笑)。本を読んだりするとすぐに気分が悪くなります。初心者には要注意、地元以外の人にはとても評判の悪い電車なのです。

私も若い頃はその電車に乗るのが大変な苦痛でした。でも、なぜか歳をとってからは、あの揺れる電車が、なぜだかとても恋しく思えたりもするのです。不思議ですね。

上の2枚の写真は「やくも」の車中から撮った景色。新見の手前くらいだから、まだ岡山県。こんな感じの、のどかな美しい山の景色がずっと続きます。

米子駅に着いたころには、もう真っ暗でした。本当にひさしぶりに降り立った米子駅。懐かしくって涙がこぼれそうになりました。

有名な「鬼太郎列車」の発着口は、この先の「0番」ホームです!

駅の構内はほとんど昔と変わってなかったのですが、改札を抜けて駅前に出たら、ずいぶんきれいに整備されていてびっくりしました。でもちょっと違和感も。町の空気感とかは変わらないんだけどね。

実家でのこと、また追々書いてみます。写真もたくさん撮ってきましたので。

意味もなくタイつながり

たまには仕事の記事を書こうかと思ったのだけど、今日は気力がないのでヤメにして、写真でもアップしようとしたのだけど、最近撮ったものに面白いものが見当たらず、さてどうしようかと思って本棚を見ていたら、7年前タイへ行った時のアルバムがでてきました。

私も人並みに海外への憧れがあるのですが、今までの人生で海外には行ったのは、7年前にタイへ行った一度きりです。取引先の接待旅行で会社から無理やり行かされたのですが(総勢50名くらいのツアー、メンバーはおやじばっかり)、行ってみたら楽しすぎて、私が一番はしゃいでしまいました。見るもの全てが新鮮で素晴らしくって(でもどこか懐かしい感じがする)、興奮せずにはいられなかったのです。タイでの出来事のすべてが、今も忘れられない大事な思い出です。

この写真はアユタヤの遺跡。ツアーのメンバーたちから離れて、しばらくここを一人で歩いたのですが、遺跡全体がなんとも言い難い雰囲気に包まれていて、本当に素晴らしい体験でした。有名な観光地なのにトイレが一つしか見当たらなくて、しかもものすごくきったな〜いトイレで、でもしっかりお金を取られました。その店番(?)をしてた女の子のことがとても印象に残っていて、いつか彼女を主人公にした物語を書いてみようと思ったのでした。。。

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